移住、出会い、そしてカフェ開業へ
本人さえ予測できなかった激動の未来

山田伸広 さん(44)
 職業:カフェ店主
出身地:埼玉県
現住所:函館市
埼玉→神奈川→東京→函館

 

 
大沼で養豚場を営むお兄さんの一言で移住を決め、いくつもの運命的な出会いを経て、函館に来てからわずか4カ月足らずでカフェ『Transistor CAFE』をオープンさせた山田伸広さん。一見すると、何もかもが順風満帆に進んでいるように見ますが、新天地での開業に至るまでには移住者ならではの様々な苦悩があったといいます。
関東で生まれ育ち、人気カフェの店長を辞めてまで函館にやってきた山田さんに、古民家を改装して作られた『Transistor CAFE』がオープンするまでのドラマチックな物語や、夢破れて生きる希望を失っていた過去と、「不特定多数のお客さんではなく、個人個人に喜んでもらいたい」という店づくりの理念などについて伺いました。

 
取材・文章・撮影:阿部 光平、イラスト:阿部 麻美 公開日:2018年3月7日

 
 

 
 
 
 

 
不特定多数のお客さんではなく、個人個人に喜んでもらえる店づくり
 

 
━━実際に、Transistor CAFEをオープンさせてからの手応えはいかがですか?
山田:自分でこういうことを言うのもおかしいですけど、思っていた以上にお客さんが来てくれているなという実感です。
しかも、ほとんどがリピーターのお客さんで、かつ、観光客の人があまりいないんです。まさに自分が思い描いていたような〝地域に根付いたカフェ〟になってきてるなと思っています。まだまだやりたいことはたくさんあるんですけど、まずまずなのかなと。
 
━━お客さんの感じも東京とは違いますか?
山田:そうですね。東京でも SNS を見て来てくれる人は少なくないですけど、函館の方がその威力を強く感じますね。
東京は人が多い分、通りがかりで入店してくれるお客さんも多いんですが、こっちではそういうケースはほとんどないです。函館ではカフェでも〝目的来店〟が多いんじゃないないでしょうか。「今日はあの店に行こう」って思って来てくれる人が多いです。あとは、年配の方もとても多いですね。
 
━━東京は不特定多数のお客さんを相手にしてるって感じで、函館はもっと個人を相手にしてる感覚が強いんですかね。
山田:そうなんですよ。それがすごく顕著に感じられるなぁって思いました。函館がそうなのか、他の地方都市もそうなのかはわからないですけど。少なくとも、函館はそうだと思います。
だからマーケティングやら経営哲学やらを勉強しても、ここではまた一からお店に立たなければわからないってことに気づいたんです。だから、本当に面白いですよね。
 
━━生活面で、函館という街の印象はいかがでしょう?
山田:こんなに過ごしやすいところはないなと思ってます。
 
━━どういったところに過ごしやすさを感じますか?
山田:本当に感覚で生きちゃっているところがあるので、言葉にするのが難しいんですけど、感覚的にしっくりくるんです。具体的なことで言えば、人がほどよいですよね。
 
━━「人がほどよい」というのは?
山田:人口密度っていうんですかね。過剰な東京にいたってのもありますけど、ほどよく人がいますよね、函館は。渋滞もないし、満員電車にも乗らなくていいし、そういうのは暮らしていて快適です。
すごく単純なことなんですけど、東京で働いていた自分にとっては満員電車に乗らなくて済むっていうのは、奇跡みたいなことなんです。あんなに気分が悪くなる乗り物ってなかなかないと思うので。だから、函館に来たときに人のほどよさがいいなぁとは思いました。あとは、海もあるし山もあるし、しっくりくる感じですね。
 
━━いいところばかりですか?
山田:いいところばっかりですね。悪いところと言えば、カラスが多いくらい。
 
━━えっ? 函館ってカラス多いです?
山田:東京もいるけど、僕、カラスが本当に苦手なんですよ。ゴミを出すときに狙ってるじゃないですか、燃えるゴミの日とかって。それがかなり嫌なんですよね。だけど、それくらい小さいことしかないです。
あと、こっちでは車がないと不便ですけどね。それくらいかな。前に、ここから蔦屋書店まで市電とバスと乗り継いで行ったんですけど、すごく時間がかかって。
 
━━車で行くよりも3倍くらい時間かかるんじゃないですか?
山田:こんなに大変なんだと思いました。だけど、本当にそれくらいかな。他に不便なこととかは思い当たらないです。
 
━━東京と比べて物足りなさとかはありませんか?
山田:ないですねー。僕、物欲はない方なので、東京でも函館でも、あまり物足りなさはないです。
 
 

 
 
━━では、最後に今後のビジョンを聞かせてください。
山田:幸せに生きられたらいいんじゃなですかね(笑)。例えば、お店を何店舗も出したいとか、そういう考えは一切ないです。本当に、生きていることを堪能するというか、そのために生を受けていると思ってるんですよね。だから、函館に来たのもより幸せに生きるために、そこに何があるかわからなですけど、きっとそんなことを考えたんだと思います。
まぁ、「函館じゃなきゃいけない」っていうのは、今のところないんですけど、この街が好きなのは確かです。これからたくさん見えてくるものがあると思いますけど。
 
━━さきほどのお話にあった、「お店でまだまだやりたいこと」というのは?
山田:こういうメニューを出したいとか思いながらも、手が回らなくてまだできてないことがあるので、そういうことをやっていきたいですね。
東京のレストランで働いていたときに、カリフォルニアのワイナリーに行ったんですけど、そこでブドウを作っている方が「こんなに離れた場所にある日本で、自分たちの作ったワインを売ってくれる人に出会えて、すごく幸せです」って言ってくれたんですよ。そのときの表情を見て、自分の役目はこれをお客さんに伝えることだなって思ったんです。
 
━━あぁ。なんて言うか、単純に商品として売るのではなく、背景まで含めた商品の魅力を伝えることだと。
山田:そうです、そうです。お店のためにはもちろん売り上げは必要だから、「自分がそのワインを売るのは店の売り上げを伸ばすためだ」みたいなことを、どこかで考えていたんですけど、そうじゃなくて本当にやらなきゃいけないことっていうのは、「作り手の情熱を届けることだな」って思ったんです。口に出しちゃうと安っぽいんですけど、それをやらないと、この仕事をしている意味ないなって感じたんです。
そうじゃなければ、お客さんにオススメしたときに、ワインの魅力を丸ごと伝えられないんですよ。なぜそのワインを勧めているのかっていうのが。もちろん、美味い不味いって基準はあるんですけど、やっぱり飲食業って心で成り立っている部分もあるので。
 
━━「心で成り立っている」かぁ。Transistor CAFEでも、生産者の方とお会いしたり、地元の食材を積極的に使ったりしているんですか?
山田:なるべく使うようにはしていますけど、どうしても限界があって。まだやりきれてないところもあるので、もっと追求したいなと思っています。
 
━━そのワイナリーの経験も、飲食について考える上での大きなきっかけになったんですね。
山田:すごく大きく自分の人生を左右したと思います。それまでは、働いている店をステイタスだと感じていたり、ソムリエの資格を取って、満足している自分がいたんです。今考えると本当に恥ずかしいんですけど。
だけど、今はもうそういう気持ちは一切ないですね。どんな仕事をしていても、自分は誇りを持ってできる自信があります。仕事に優劣はないなって。
 
━━なるほど。
山田:変わるもんですよね、人って(笑)。
 
━━(笑)。変わる意思があるからじゃないですか。やっぱり。自然の流れに身を任せていても変わらないかなって。どれだけ衝撃的な体験をしても、どれだけ素晴らしい本を読んでも、そこから行動を起こすという自分の意思がない限り変わっていかないと思います。
山田:「よくその年齢で決断して、函館に来たね」って言われることもあるんですけど、そこまで深くないんですよ。そう言われるのが申し訳ないくらい深くなくて。
 
━━だけど、そこの考えが深いかどうかよりも、行動が伴ってるかどうかの方が、圧倒的に説得力があると思いますけどね。
山田:それだったらいいですけどね(笑)。
ちょっと脱線しましたけど、今後のビジョンとしては、お店はやっぱりお客さんあってのものなので、「また来たい」って思ってもらえるサービスを追及していこうと思っています。「この人のまた来たくなるポイントはどこだろう?」っていうのを考えながら。
 
━━システマチックな接客ではなく、その人に合わせた、その人が喜んでくれるようなサービスを追及していこうってことですかね。
山田:はい。それが今の時点でちょっとずつできてきているから、リピーターのお客さんが来てくれているんだろうなって。それは自信をもって言えるんです。なぜなら、常に考えてるからなんですけど。本当にまた来たいって思ってもらえることを探してるんです、常に。
だから、それは絶対に辞めずに、継続するつもりです。お客さんがどれだけ減ったとしても、それは止めない。それが自分のやることだと思うので。
 
━━はい。
山田:接客って言ったら、ちょっと言葉が違うんですけど、思いやりというか、そういうものにかかってると思うんですよね、お店って。どれだけ美味しいものを出しても、心がなければ人は来てくれないし。それは東京でも函館でも一緒ですけど。
今後も、そうやって地域の人に愛される店を目指していこうと思っています。
 
 

MY FAVORITE SPOT

 
tombolo

ここからすべてが始まりました。自分の中では函館の象徴ですね。店をオープンさせてからは、定休日が重なっているので、なかなか行けなくなりましたが、たまに無性に行きたくなる場所です。落ち着くというか、癒されるんですよねー。

 
 
函館山

存在感がすごいですよね。空港から函館市内に向かっていくときの存在感。きっと誰もが「おぉー!」って思うだろうなって。神聖さを感じるというか、普通の山とは存在感が違いますよね。そこの麓でお店をやれていることは、とても嬉しいです。

 
カフェククム

 ご飯が美味しいのはもちろんなんですけど、やってる人がすごく幸せな生活を営んでいそうだなって思わせるカフェなんですよ。そういうのってすごくいいなって。「ここのスタッフ大変そう」ってより、「幸せそう」って思われる方がいいですよね。