山田伸広
さん(44)
職業:カフェ店主
出身地:埼玉県
現住所:函館市
埼玉→神奈川→東京→函館
大沼で養豚場を営むお兄さんの一言で移住を決め、いくつもの運命的な出会いを経て、函館に来てからわずか4カ月足らずでカフェ『Transistor CAFE』をオープンさせた山田伸広さん。一見すると、何もかもが順風満帆に進んでいるように見ますが、新天地での開業に至るまでには移住者ならではの様々な苦悩があったといいます。
関東で生まれ育ち、人気カフェの店長を辞めてまで函館にやってきた山田さんに、古民家を改装して作られた『Transistor CAFE』がオープンするまでのドラマチックな物語や、夢破れて生きる希望を失っていた過去と、「不特定多数のお客さんではなく、個人個人に喜んでもらいたい」という店づくりの理念などについて伺いました。
取材・文章・撮影:阿部 光平、イラスト:阿部 麻美 公開日:2018年3月7日
移住を決意させた兄の一言と、運命を変えるパン屋との出会い
━━まずは、山田さんが『Transistor CAFE』を始めた経緯を伺いたいのですが、そもそも函館に移住することになったきっかけは何だったのでしょうか?
山田:兄が大沼で養豚場をやっているんです。うちは毎年、家族で旅行するのが恒例行事なんですけど、兄が養豚を始めてからは大沼を離れられないので、毎年秋に大沼へ遊びに行くようになったんですよね。
━━生き物を相手にしている仕事ですもんね。
山田:そうなんです。その兄というのが、単なる兄弟というより、僕にとっては憧れの存在だったんですよ。昔から、何をやっても敵わなくて。
━━どういうお兄さんなんですか? 勉強もスポーツも万能というような?
山田:決してそういう感じではないんですけど。言葉数は少ないのに言ってることが的確だったり、後になって考えると「兄の話は正しかったなぁ」っていうことが多くて。すごく少ない言葉で、的を射抜くようなことを言ってくれる人なんです。
あとは、行動がちょっと普通じゃないんですよ。例えば、突然思い立ったように、神奈川から大阪まで自転車で行ったりとか。雪山でテントを張ってキャンプしたりとか。なんか、普通じゃないんですよね。そうやって、僕には思いつかないようなことをやっちゃうようなところにも憧れがあって。
━━なるほど。自分にできないようなことを、ポンポンとやっちゃうようなお兄さんなんですね。
山田:はい。なんか、家族っていう意識ではなく、大げさに言えば偉人みたいな感覚なんです。
━━憧れの存在だったお兄さんが暮らしている大沼に毎年来ていたことと、山田さんが函館に移住したこととは、どのように繋がっていくのでしょうか?
山田:2年前に大沼に来たときに、兄と東京での話をいろいろしてたんですよね。近況報告というか。
僕、東京ではカフェの店長をやってたんですけど、すごくハードだったんです。仕事は楽しんでやるタチなので、辛いって感覚はなかったんですけど、働いているうちに、なんとなく先のことがイメージできちゃったんですよね。
━━「先のことがイメージできちゃった」というのは?
山田:このまま会社にいたら、任されることが増えてきて、時間が経つのもきっとあっという間で、ある程度のポジションまでいって、給料も上がって … という。そうなると、「自分のお店をやる」という何となく思い描いていた夢は果たされないだろうなと思って。
━━あぁ。自分の未来が、思い描いていた夢とは違う方向に進むことが予測できてしまったと。
山田:ですね。そういう話を大沼へ来たときに兄としてたんですけど、東京に戻ってしばらくしてから連絡をしたときに、いきなり「そろそろ、こっちに来れば?」って言われたんですよ。
━━唐突に? お兄さんは、山田さんのぼんやりした将来への不安を感じ取っていたんですかね。
山田:そうなんだと思います。それまで自分の中では北海道に行くことなんてまったく考えてなかったんですけど、そう言われた瞬間に、「そっか、住めばいいのか」って思ったんです。なんだか目の前が明るくなった気がしました。
━━お兄さんの言葉に新しい希望を見出したと。
山田:はい。ただ、北海道は好きだったんですけど、僕、家族旅行で来ていた秋しか知らないんですよ。だから、気候のいい時期しか知らないという不安はありました。だけど、北海道って悪いイメージがないじゃないですか。
━━あぁ、言われてみれば、確かに。あまり悪いイメージで語られることはないかもしれないですね。
山田:自然があって、広大で、豊かな感じがするんですよね。だから、言われたときは、ただ感覚的に「いいかもな!」って。だけど、すぐに「仕事はどうしよう … 」って思ったんです。
━━そうですよね。移り住むにしても、仕事がないことには暮らしていけないですもんね。
山田:そうなんですよ。だけど、兄が「別に仕事は後から決めればいいじゃん」って言うんです。
他の人から言われたら無責任に感じるかもしれないですけど、兄が言うと重みが違うんですよね。アクションは急ですけど、思いつきで話す人ではないんですよ。「本当にそう思うから言ってる」というのがわかるというか。だから、「確かになぁ。行ってから決めりゃいいか」ってくらいの気持ちで、その数日後には会社の上司に辞めますって伝えました。
━━おぉ、早い決断ですね。いきなりの辞職願に、お店側はどんな反応でしたか?
山田:すごく仲のいい上司がいて、北海道の話もよくしてたんですよ。それで、「北海道に行こうと思ってるんです」って伝えたら、「決断したんだね。頑張って!」ってすぐに言ってくれたんですよ。
僕は意識してなかったんですけど、たぶん上司からすると、いつか北海道に行くだろうって風に見えてたんでしょうね。仕事が嫌で辞めるってことでもなかったので、ちゃんと理解してくれました。
━━仕事を辞めて、移住を決断したのは、いつ頃のことなんですか?
山田:2015年の秋、 42 歳のときですね。
━━そこから、まずは家を探して。
山田:そうですね。仕事は後でいいにしても、住む家だけは決めないとまずいなって思って、物件を探すために休日を利用して函館に行ったんですよ。 11 月の終わりくらいに。
そのときは、少しでも長く函館に滞在したいと思って、朝一番の飛行機で東京から行ったんです。朝8時くらいですかね、函館空港に着いたのが。それで、駅前なら不動産屋もあるだろうと思って、とりあえず駅に向かったんですよ。
━━はい、はい。
山田:だけど、もうとにかく寒くて。秋にしか来たことがなかったから、冬に何を着ていったらいいのかわからなかったのもあって。
あまりに寒いから、お店に入ってコーヒーでも飲もうと思ったら、駅周辺なのに何もなくて。赤レンガの方に行ったけど、どこも開いてなくて。
━━そっかー。9時くらいだと、まだお店が開いてないのかぁ。
山田:そうなんですよ。で、そのときにふと思い出したのが、『tombolo 』さんだったんです。
以前、家族旅行で大沼に来た際、帰りに兄のオススメで寄ったことがあって。それで、パン屋さんだったら絶対に開いてるだろうと思って、お店へ向かったんです。
━━あぁ。パン屋さんだったら、きっと朝は早いだろうと。
山田:そうそう! で、コーヒーを出していたのは覚えていたので、 tombolo さんなら絶対に一休みできるはずだと思って行ったら、お店の扉が少しだけ開いてたんです。
━━おぉー。救われましたね(笑)。
山田:えぇ、本当に(笑)。それで、「こんにちはー」って入って行って、「覚えてますか?」って話したら、「あー、どうもどうも」って感じで迎え入れてくれて。そこで、「移住しようと思ってるんですよ」って話をしたんです。
━━暖をとりにいって、お店のドアを開けて、「いや、ちょっと移住しようと思ってるんですけど」って言ったんですか! しかも、パン屋さんに(笑)。
山田:そうなんですよ(笑)。
━━けっこう段階をすっ飛ばしてる感じがしますけど(笑)。
山田:そうですよね(笑)。「とりあえず来ちゃいました」って感じで話してたら、函館のことをいろいろと教えてくれたんですよね。しかも、「不動産屋さんに知り合いがいるから、聞いてみます」って言って、いろいろと調べてくれたんです。
━━まさかパン屋さんで、不動産屋さんを紹介してもらえるとは思わないですよね(笑)。
山田:いや、本当に(笑)。で、そのときに、お店の中に『函館移住計画』 って書かれたチラシがあるのを見つけたんですよ。それを見たときに、「あぁ、こういうこともやってるんだ」って思って。
━━ただのパン屋さんじゃないなと。
山田:そうそう。しかも、そのままずっと喋ってて、昼食もとってくれたりとかして(笑)。「なんて親切なんだろう」って。
━━寒さをしのぎに来たつもりが、不動産屋さんを紹介してもらって、函館の話を聞かせてもらって、昼飯までとってもらって(笑)。っていうか、朝行って昼食ってことは、何時間いたんですか?
山田:結局、5時間くらい話してたんですよ(笑)。しかも、移住してから知ったんですけど、その日は定休日だったらしくて。
━━えぇー!!! 定休日のお店に上がり込んで5時間も(笑)。
山田:そうなんですよ(笑)。それでも定休日なんてことを一切口にしない tombolo 夫妻の懐の深さに、もう感動しました。
━━それは、tombolo夫妻の人柄をよく物語っているエピソードですね。その5時間はどんなお話をされていたんですか?
山田:最初は、オーナーの淳さんが思う函館みたいな話を聞いたんです。例えば、古い建物がすごくたくさんあるけど、取り壊されて駐車場になっちゃうのがすごく悲しいとか。
そういう話をしているうちに、奥さんの香生里さんが現れて、「移住を考えてるんです」って話したら、いきなり「カフェやりませんか?」って言われたんですよ。仕事でカフェの店長をしてるって話はしてたんですけど、こっちでカフェをやりたいなんてことは一切話していないにも関わらず。
━━三段飛ばしくらしのスピード感で話が進んでいきますね。「仕事は後で決めればいい」という気持ちだったとおっしゃっていましたが、山田さんは、できることなら函館でもカフェをやりたいとは思ってたんですか?
山田:いつかはやれたらいいなとは思ってましたけど、いきなり自分でお店をやろうとは考えてなかったですね。
━━移住だけでも一苦労なのに、同時進行でお店をオープンさせるってなったら大変ですもんね。
山田:えぇ。だけど、香生里さんが、「ちょっと前に建物を譲ってもらったんです」って言うんですよ。僕としては、「ん? 何言ってるんだろう?」って思って(笑)。
━━「建物を譲ってもらった」というお話は、香生里さんのインタビューでも伺いました。だけど、いきなりそんな話をされると、心の内を見透かされてるみたいでビックリしますよね。
山田:はい。だけど、tomboloの2人ってなんか不思議で、それが唐突であろうと、話がすんなり入ってくるんですよね。胡散臭さが一切ないというか。自分も飲食という仕事をしてきて、何百人、何千人という人と話をしてきて、いろんな人を知っているつもりではいるんですけど、同じ言葉でも、ニュアンスとか目を見れば、本心がわかったりするじゃないですか。だけど、tomboloの2人の話っていうのはなんかすんなり入ってくるんですよね。
━━僕も何度かお会いしているので、その感覚はよくわかります。
山田:だから、唐突すぎるけど、嘘ではないなって感じたんです。ただまぁ、「いやいや、ちょっと待てよ」って気持ちもあるにはあって。そういう大事なことは、自分でちゃんと考えないとダメだぞって。
━━まぁ、お互い様ですけどね。いきなりパン屋さんに行って「移住したい」って言う人も、いきなり東京から来た人に「カフェやりませんか?」って言う人も(笑)。
山田:よくよく考えたらそうなんですけどね(笑)。それで、「その物件を見に行きません?」ってことになって、ここの建物を見学しに来たんです。そうこうしているうちに5時間くらい経っちゃったんですけど。
━━その5時間が山田さんの運命を変えたわけですね。
山田:そうだと思います。それで、一回ホテルに戻ったら熱が出ちゃって。
━━寒さにやられたのか、あまりの急展開にオーバーヒートしたのか(笑)。
山田:そうなんですよ(笑)。で、「けっきょく家のことは何も決まってないぞ」と思って焦ったんですけど、翌日、tomboloさんから「知り合いの不動産屋さんが、物件をいろいろと見繕ってくれました」という連絡があったんですよ。「本当にそんなことしてくれたんだ!」って思ってビックリしました。その資料を見ながら、香生里さんが「ここはこんな地域」とか「この辺はあまりオススメしない」とか、住んでる人じゃなきゃわからないような情報をいろいろと教えてくれて、もう言われるがままに、「ココとココで」みたいな感じでピックアップして、今度は淳さんがその物件を全部回ってくれたんですよ。
━━めちゃくちゃ手厚い物件案内じゃないですか! パン屋さんとは思えないくらい(笑)。
山田:本当ですよね(笑)。その中で物件を決めて、必要書類も提出して、東京に戻ったんです。とりあえず、家を決めるという目的は果たせたと思って。
━━一安心ですね。
山田:だけど、東京に帰った後に、不動産屋さんから「家の申請が通りませんでした」って連絡があったんですよ。
━━えー!
山田:要は無職なので。函館に行ってからの仕事が決まってなかったので、申請が通らなかったんです。それで仕方がなく、他の物件の資料をデータで送ってもらって、内見には行けないから家賃とかの条件を頼りに家を決めました。
━━もう、そうやって探すしかないですもんね。
山田:はい。そうやって決めた家が、本当に本当にたまたまなんですけど、このカフェの隣の建物だったんですよ。
━━Transistor CAFEの隣? マジっすか!? そんなことあります?
山田:いや、僕、ここら辺の住所とか全然わからなかったですし、土地勘もなかったので、本当に家賃とか間取りとかのデータと、だいたいの場所だけ見て決めて、後からネットで地図を調べてみたらTransistor CAFEの隣だったんです(笑)。
━━もう、導かれているような気さえしますね。
山田:そのときは、まだカフェをやるかどうかは決めてなかったんですけど、どんどん周りが固まっていくような感じでした。
━━外堀が埋まっていって、他の道筋がだんだんなくなっていくみたいな感じですよね。
山田:はい(笑)。それで、無事に申請も通って函館に移住してきたのが、2016年の1月です。
山田:兄が大沼で養豚場をやっているんです。うちは毎年、家族で旅行するのが恒例行事なんですけど、兄が養豚を始めてからは大沼を離れられないので、毎年秋に大沼へ遊びに行くようになったんですよね。
━━生き物を相手にしている仕事ですもんね。
山田:そうなんです。その兄というのが、単なる兄弟というより、僕にとっては憧れの存在だったんですよ。昔から、何をやっても敵わなくて。
━━どういうお兄さんなんですか? 勉強もスポーツも万能というような?
山田:決してそういう感じではないんですけど。言葉数は少ないのに言ってることが的確だったり、後になって考えると「兄の話は正しかったなぁ」っていうことが多くて。すごく少ない言葉で、的を射抜くようなことを言ってくれる人なんです。
あとは、行動がちょっと普通じゃないんですよ。例えば、突然思い立ったように、神奈川から大阪まで自転車で行ったりとか。雪山でテントを張ってキャンプしたりとか。なんか、普通じゃないんですよね。そうやって、僕には思いつかないようなことをやっちゃうようなところにも憧れがあって。
━━なるほど。自分にできないようなことを、ポンポンとやっちゃうようなお兄さんなんですね。
山田:はい。なんか、家族っていう意識ではなく、大げさに言えば偉人みたいな感覚なんです。
━━憧れの存在だったお兄さんが暮らしている大沼に毎年来ていたことと、山田さんが函館に移住したこととは、どのように繋がっていくのでしょうか?
山田:2年前に大沼に来たときに、兄と東京での話をいろいろしてたんですよね。近況報告というか。
僕、東京ではカフェの店長をやってたんですけど、すごくハードだったんです。仕事は楽しんでやるタチなので、辛いって感覚はなかったんですけど、働いているうちに、なんとなく先のことがイメージできちゃったんですよね。
━━「先のことがイメージできちゃった」というのは?
山田:このまま会社にいたら、任されることが増えてきて、時間が経つのもきっとあっという間で、ある程度のポジションまでいって、給料も上がって … という。そうなると、「自分のお店をやる」という何となく思い描いていた夢は果たされないだろうなと思って。
━━あぁ。自分の未来が、思い描いていた夢とは違う方向に進むことが予測できてしまったと。
山田:ですね。そういう話を大沼へ来たときに兄としてたんですけど、東京に戻ってしばらくしてから連絡をしたときに、いきなり「そろそろ、こっちに来れば?」って言われたんですよ。
━━唐突に? お兄さんは、山田さんのぼんやりした将来への不安を感じ取っていたんですかね。
山田:そうなんだと思います。それまで自分の中では北海道に行くことなんてまったく考えてなかったんですけど、そう言われた瞬間に、「そっか、住めばいいのか」って思ったんです。なんだか目の前が明るくなった気がしました。
━━お兄さんの言葉に新しい希望を見出したと。
山田:はい。ただ、北海道は好きだったんですけど、僕、家族旅行で来ていた秋しか知らないんですよ。だから、気候のいい時期しか知らないという不安はありました。だけど、北海道って悪いイメージがないじゃないですか。
━━あぁ、言われてみれば、確かに。あまり悪いイメージで語られることはないかもしれないですね。
山田:自然があって、広大で、豊かな感じがするんですよね。だから、言われたときは、ただ感覚的に「いいかもな!」って。だけど、すぐに「仕事はどうしよう … 」って思ったんです。
━━そうですよね。移り住むにしても、仕事がないことには暮らしていけないですもんね。
山田:そうなんですよ。だけど、兄が「別に仕事は後から決めればいいじゃん」って言うんです。
他の人から言われたら無責任に感じるかもしれないですけど、兄が言うと重みが違うんですよね。アクションは急ですけど、思いつきで話す人ではないんですよ。「本当にそう思うから言ってる」というのがわかるというか。だから、「確かになぁ。行ってから決めりゃいいか」ってくらいの気持ちで、その数日後には会社の上司に辞めますって伝えました。
━━おぉ、早い決断ですね。いきなりの辞職願に、お店側はどんな反応でしたか?
山田:すごく仲のいい上司がいて、北海道の話もよくしてたんですよ。それで、「北海道に行こうと思ってるんです」って伝えたら、「決断したんだね。頑張って!」ってすぐに言ってくれたんですよ。
僕は意識してなかったんですけど、たぶん上司からすると、いつか北海道に行くだろうって風に見えてたんでしょうね。仕事が嫌で辞めるってことでもなかったので、ちゃんと理解してくれました。
━━仕事を辞めて、移住を決断したのは、いつ頃のことなんですか?
山田:2015年の秋、 42 歳のときですね。
━━そこから、まずは家を探して。
山田:そうですね。仕事は後でいいにしても、住む家だけは決めないとまずいなって思って、物件を探すために休日を利用して函館に行ったんですよ。 11 月の終わりくらいに。
そのときは、少しでも長く函館に滞在したいと思って、朝一番の飛行機で東京から行ったんです。朝8時くらいですかね、函館空港に着いたのが。それで、駅前なら不動産屋もあるだろうと思って、とりあえず駅に向かったんですよ。
━━はい、はい。
山田:だけど、もうとにかく寒くて。秋にしか来たことがなかったから、冬に何を着ていったらいいのかわからなかったのもあって。
あまりに寒いから、お店に入ってコーヒーでも飲もうと思ったら、駅周辺なのに何もなくて。赤レンガの方に行ったけど、どこも開いてなくて。
━━そっかー。9時くらいだと、まだお店が開いてないのかぁ。
山田:そうなんですよ。で、そのときにふと思い出したのが、『tombolo 』さんだったんです。
以前、家族旅行で大沼に来た際、帰りに兄のオススメで寄ったことがあって。それで、パン屋さんだったら絶対に開いてるだろうと思って、お店へ向かったんです。
━━あぁ。パン屋さんだったら、きっと朝は早いだろうと。
山田:そうそう! で、コーヒーを出していたのは覚えていたので、 tombolo さんなら絶対に一休みできるはずだと思って行ったら、お店の扉が少しだけ開いてたんです。
━━おぉー。救われましたね(笑)。
山田:えぇ、本当に(笑)。それで、「こんにちはー」って入って行って、「覚えてますか?」って話したら、「あー、どうもどうも」って感じで迎え入れてくれて。そこで、「移住しようと思ってるんですよ」って話をしたんです。
━━暖をとりにいって、お店のドアを開けて、「いや、ちょっと移住しようと思ってるんですけど」って言ったんですか! しかも、パン屋さんに(笑)。
山田:そうなんですよ(笑)。
━━けっこう段階をすっ飛ばしてる感じがしますけど(笑)。
山田:そうですよね(笑)。「とりあえず来ちゃいました」って感じで話してたら、函館のことをいろいろと教えてくれたんですよね。しかも、「不動産屋さんに知り合いがいるから、聞いてみます」って言って、いろいろと調べてくれたんです。
━━まさかパン屋さんで、不動産屋さんを紹介してもらえるとは思わないですよね(笑)。
山田:いや、本当に(笑)。で、そのときに、お店の中に『函館移住計画』 って書かれたチラシがあるのを見つけたんですよ。それを見たときに、「あぁ、こういうこともやってるんだ」って思って。
━━ただのパン屋さんじゃないなと。
山田:そうそう。しかも、そのままずっと喋ってて、昼食もとってくれたりとかして(笑)。「なんて親切なんだろう」って。
━━寒さをしのぎに来たつもりが、不動産屋さんを紹介してもらって、函館の話を聞かせてもらって、昼飯までとってもらって(笑)。っていうか、朝行って昼食ってことは、何時間いたんですか?
山田:結局、5時間くらい話してたんですよ(笑)。しかも、移住してから知ったんですけど、その日は定休日だったらしくて。
━━えぇー!!! 定休日のお店に上がり込んで5時間も(笑)。
山田:そうなんですよ(笑)。それでも定休日なんてことを一切口にしない tombolo 夫妻の懐の深さに、もう感動しました。
━━それは、tombolo夫妻の人柄をよく物語っているエピソードですね。その5時間はどんなお話をされていたんですか?
山田:最初は、オーナーの淳さんが思う函館みたいな話を聞いたんです。例えば、古い建物がすごくたくさんあるけど、取り壊されて駐車場になっちゃうのがすごく悲しいとか。
そういう話をしているうちに、奥さんの香生里さんが現れて、「移住を考えてるんです」って話したら、いきなり「カフェやりませんか?」って言われたんですよ。仕事でカフェの店長をしてるって話はしてたんですけど、こっちでカフェをやりたいなんてことは一切話していないにも関わらず。
━━三段飛ばしくらしのスピード感で話が進んでいきますね。「仕事は後で決めればいい」という気持ちだったとおっしゃっていましたが、山田さんは、できることなら函館でもカフェをやりたいとは思ってたんですか?
山田:いつかはやれたらいいなとは思ってましたけど、いきなり自分でお店をやろうとは考えてなかったですね。
━━移住だけでも一苦労なのに、同時進行でお店をオープンさせるってなったら大変ですもんね。
山田:えぇ。だけど、香生里さんが、「ちょっと前に建物を譲ってもらったんです」って言うんですよ。僕としては、「ん? 何言ってるんだろう?」って思って(笑)。
━━「建物を譲ってもらった」というお話は、香生里さんのインタビューでも伺いました。だけど、いきなりそんな話をされると、心の内を見透かされてるみたいでビックリしますよね。
山田:はい。だけど、tomboloの2人ってなんか不思議で、それが唐突であろうと、話がすんなり入ってくるんですよね。胡散臭さが一切ないというか。自分も飲食という仕事をしてきて、何百人、何千人という人と話をしてきて、いろんな人を知っているつもりではいるんですけど、同じ言葉でも、ニュアンスとか目を見れば、本心がわかったりするじゃないですか。だけど、tomboloの2人の話っていうのはなんかすんなり入ってくるんですよね。
━━僕も何度かお会いしているので、その感覚はよくわかります。
山田:だから、唐突すぎるけど、嘘ではないなって感じたんです。ただまぁ、「いやいや、ちょっと待てよ」って気持ちもあるにはあって。そういう大事なことは、自分でちゃんと考えないとダメだぞって。
━━まぁ、お互い様ですけどね。いきなりパン屋さんに行って「移住したい」って言う人も、いきなり東京から来た人に「カフェやりませんか?」って言う人も(笑)。
山田:よくよく考えたらそうなんですけどね(笑)。それで、「その物件を見に行きません?」ってことになって、ここの建物を見学しに来たんです。そうこうしているうちに5時間くらい経っちゃったんですけど。
━━その5時間が山田さんの運命を変えたわけですね。
山田:そうだと思います。それで、一回ホテルに戻ったら熱が出ちゃって。
━━寒さにやられたのか、あまりの急展開にオーバーヒートしたのか(笑)。
山田:そうなんですよ(笑)。で、「けっきょく家のことは何も決まってないぞ」と思って焦ったんですけど、翌日、tomboloさんから「知り合いの不動産屋さんが、物件をいろいろと見繕ってくれました」という連絡があったんですよ。「本当にそんなことしてくれたんだ!」って思ってビックリしました。その資料を見ながら、香生里さんが「ここはこんな地域」とか「この辺はあまりオススメしない」とか、住んでる人じゃなきゃわからないような情報をいろいろと教えてくれて、もう言われるがままに、「ココとココで」みたいな感じでピックアップして、今度は淳さんがその物件を全部回ってくれたんですよ。
━━めちゃくちゃ手厚い物件案内じゃないですか! パン屋さんとは思えないくらい(笑)。
山田:本当ですよね(笑)。その中で物件を決めて、必要書類も提出して、東京に戻ったんです。とりあえず、家を決めるという目的は果たせたと思って。
━━一安心ですね。
山田:だけど、東京に帰った後に、不動産屋さんから「家の申請が通りませんでした」って連絡があったんですよ。
━━えー!
山田:要は無職なので。函館に行ってからの仕事が決まってなかったので、申請が通らなかったんです。それで仕方がなく、他の物件の資料をデータで送ってもらって、内見には行けないから家賃とかの条件を頼りに家を決めました。
━━もう、そうやって探すしかないですもんね。
山田:はい。そうやって決めた家が、本当に本当にたまたまなんですけど、このカフェの隣の建物だったんですよ。
━━Transistor CAFEの隣? マジっすか!? そんなことあります?
山田:いや、僕、ここら辺の住所とか全然わからなかったですし、土地勘もなかったので、本当に家賃とか間取りとかのデータと、だいたいの場所だけ見て決めて、後からネットで地図を調べてみたらTransistor CAFEの隣だったんです(笑)。
━━もう、導かれているような気さえしますね。
山田:そのときは、まだカフェをやるかどうかは決めてなかったんですけど、どんどん周りが固まっていくような感じでした。
━━外堀が埋まっていって、他の道筋がだんだんなくなっていくみたいな感じですよね。
山田:はい(笑)。それで、無事に申請も通って函館に移住してきたのが、2016年の1月です。
第2回へ