函館で建築家として独立し、新築やリノベーション物件を手がけている富樫雅行さん。生まれ育った街を離れて、函館の西部地区にやってきた背景には、街並みが好きだというのと同時に、それが失われつつあるという危機感があったといいます。
景観を守りつつ、街をアップデートしていきたいという富樫さんに、家を建てるだけでなく、そこに住む人の生活を土台から考えるという建築理念や、建物が持つ〝外との関係を構築する〟という役割、『箱バル不動産』メンバーのひとりとして考える西部地区の未来などについて伺いました。
取材・文章:阿部 光平、撮影:馬場 雄介、イラスト:阿部 麻美 公開日:2016年12月28日
作家性を打ち出さず、街並みに溶け込む建物を作るという信条
富樫:そうですね。今は全部、ひとりでやっています。
━━一口に建築家といっても、様々なタイプの方がいると思うんですけど、富樫さんがやられているのは、どういった内容のお仕事なのでしょう?
富樫:僕がやっているのは、いわゆる〝アトリエ系〟に分類される設計事務所なんですけど、その中でも、デザイン寄りの設計事務所と、クラフトマン寄りの設計事務所というのがあって、どちらかというとクラフトマン系の設計事務所をやっています。
生活感がないモダンなデザインではなく、木をむき出しにしたりとか、鉄や石とか、そういう素材感がどんどん出てくるような建物を作っています。手仕事の跡を感じるような。
━━文字通りクラフトマンシップが感じられるような建物を作られているんですね。
富樫:今はプレカットといって、コンピューターで寸法を入力して、木を刻んで、それを現場で番号通りに組み立てるという建て方が主流なんですけど、僕はなるべく手で刻んでもらって、大工さんに全部イチから材料を見てもらって、継ぎ手を作って組み立ててもらうことを心がけています。
━━プレカットではなく、手仕事にこだわっている理由は、どういうところにあるのでしょうか?
富樫:うーん、人の手が見えないものに力を感じないんですよね。空間としても、パタパタと組み立てられたものに、僕は何の魅力も感じないので、下手でもいいから手の跡が感じられるものを残したいなと思っています。コスト的には、プレカットの方が安いんですけどね。
━━実際に手掛けているのは、個人宅が多いんですか?
富樫:そうですね。今は、旧相馬邸の近くで、新築だけど昔からの街並みに溶け込むような『日和坂の家』という和洋折衷の家を作っています。
この辺りって、開港したときに1階部分が和風で、2階部分が洋風という和洋折衷の家が作られたんですよ。港に入ってくる船から見える2階部分だけを洋風にすることで、異国の人達に認められたいというような気持ちがあったみたいで。当時は、おかしな家だったと思うし、初めて見る人にとっては「なんじゃこれ?」って感じだったと思うんですけど、それが今まで残っているっていうことは、理由があるんだろうなと思っていて。そういう独特な街並みを崩したくないので、当時あったような和洋折衷の家を作っています。
それ以上のデザインを、自分ができるならチャレンジすべきだろうと思うし、そういう気持ちでやってはいるんですけど、なかなかそこまでのデザインが生まれないっていうところはあって。ただ、昔の函館の人達が、外国との関係の中で和洋折衷の家を作ったように、現代のそういうアプローチみたいなのが発見できれば、そういうことをやっていきたいとは思っています。
━━街の雰囲気に合うような家を作るというのは、施主の方からの要望なんですか? それとも、建築家としての富樫さんの主張なんでしょうか?
富樫:いや、一緒に考えていくという感じですね。今回の場合だと、最初は「旅館風な家がいい」というような話があって、その要望を噛み砕いて、いろんな方向から形を考えていくような流れです。最初からなるべく決めつけないようにはしていますね。
僕の作家性というか、そういうのは全然いらないと思っていて、どちらかというと外から考えるようにしています。街並みとか、歴史とかを探りながら、ヒントを探していく感じですね。
━━なるほど。初めて家を建てるとなると、施主側もどういうことができて、どういうことができないとかわからないですもんね。その辺りを、富樫さんがフォローしながら進めていくんですね。
富樫:そうですね。こんなやり方もあるし、あんなやり方もあるし、今回はこれがベストですかねという感じで、お互いに納得しながら進めていくようにしています。
━━新築以外に、リノベーションの案件も手掛けているとのことですが。
富樫:そうですね。今ままで、だいたい5件くらいですかね。最初は、自分の家『常盤坂の家』のリノベーションだったんですけど。
━━自分が設計した新築ではなく、古い家をリノベーションして暮らそうと思ったのは、なぜだったのでしょう?
富樫:独立しようと思って物件を探している中で、今の家の購入を決めたんですけど、一番は値段ですかね。それと、外観に一目惚れしたというのも大きかったです。「この家を直したい」と思って。中を見てけっこう手強いなとは思ったんですけど、これはやるしかないなって。
━━実際にリノベーションして、住めるようになるまでには、どれくらいの時間がかかったんですか?
富樫:うーん、直すのには2年半かけたんですけど、かけたっていっても、まだ1階部分は途中なので、あと何年かかるかっていう感じですね(笑)。住み始めてから2年半くらい経ちますけど、その間は何も進められていなくて。
とりあえず、住める状態にして、それから直していこうと思ったんですけど、なかなか仕事が切れなくて、手をつける時間がないというのが現状です…。
━━仕事が忙しくて、自分の家が後回しになっているんですね(笑)。
富樫:それでいいかなって思ってるんですけどね(笑)。急いで作りたいわけでもないですし。
そもそも、2011年の11月に購入して、春からはもう住む予定だったんですけど、それがいきなり2年半もかかってしまったので(笑)。その間、周囲からは、「まだ? まだ?」って言われ続けてました(笑)。
━━それは、そうなりますよね(笑)。他には、どのような案件を手がけてきたのでしょう?
富樫:旧松橋商店(港の庵)というところの復元という案件もありましたね。まるっきり外観が失われていた建物を、図書館で見つけてきた古い写真を参考に復元していくという。
━━建物の復元かぁ。お話を伺っていると、案件ごとにやってることが全然違うという印象ですね。
富樫:そうですね(笑)。それぞれのプロジェクトごとに全然違いますね。
デザイン住宅とかを設計している建築家の人は、自分の色で作っている人が多いですけど、僕はまだ作家性を出したくないと思っているんです。まだ若いし、今から自分の色を出して作るべきではないかなと。いろんな可能性を探りながら、やっていきたいと考えています。