大沼の畔で、『Paard Musée(パド・ミュゼ)』という牧場を経営している宮本英樹さん。駒ケ岳を望む広大な敷地では、世界各地からやってきた馬と、北海道の在来馬である「どさんこ」が一緒に草を食み、大自然の中で人々と暮らしを共にしています。
生粋の開拓一家に生まれた宮本さんは、道東の置戸町で生まれ育ち、高度経済成長期の真っ只中で、自分が親しんできた自然やコミュニティーが破壊されていく様子を目の当たりにしてきたといいます。地元を出て世界中を放浪した後に、北海道へと戻り、〝エコ〟や〝暮らし〟という観点から道内各地で様々な交流事業を成功させてきた宮本さん。現役の開拓使として活躍する彼が、次に目指したのは〝懐かしい未来〟でした。〝21世紀の開拓〟というコンセプトを掲げ、新天地・大沼で持続可能な暮らしを体現している宮本さんに、失われつつある馬との暮らしや、エココミュニケーションと経済の在り方、函館の街に感じる〝チグハグ感〟などについて伺いました。
取材・文章:阿部 光平、撮影:妹尾 佳、イラスト:阿部 麻美 公開日:2016年6月13日
有史以来、馬が人間に必要とされてきた特別な理由
━━宮本さんは、『Paard Musée(パド・ミュゼ)』という牧場を経営されているとのことですが、具体的にはどういうお仕事をされているのか教えて下さい。
宮本:簡単にいうと畜産業なんですけど、人が乗るための乗用馬と、荷物を積んだソリを引いたりする使役馬、それとホースセラピーのセラピー馬を生産育成しています。うちには色々な国の馬がいるんですけど、我々の目標のひとつに〝もともと日本にいた在来種を保存・活用しよう〟というのがあるんですよ。
施設全体としては〝21世紀の開拓〟というコンセプトを掲げていて、道南の資源を再評価し、未来に向けて再構築していくことを大きなテーマにしています。
━━現在、北海道の馬を取り巻く環境は、在来馬が外国の馬に置き換えられているといった状況なんですか?
宮本:というよりも、馬文化自体が廃れてますね。日本ではもう、競馬か肉にするくらいしか用途がないのが現状です。
北海道には『どさんこ』という在来馬がいるんですけど、函館地方ってどさんこ発祥の地みたいなところなんですよ。だから、数も多いんだけど、今は全然使われてなくて、結局は肉くらいにしか使われてないのが実情です。
だけど、それはもったいないだろうってことで、どさんこをうまく使う方法を考えていた時に、注目したのが彼らの歩き方だったんです。〝側対歩〟っていうんですけど、どさんこって前足と後ろ足が一緒に動く特徴的な歩行形態なんですよ。調教すれば他の馬もできるんだけど、どさんこは生まれながらにして側対歩ができる種なんですね。この歩き方の何がいいかというと、体が縦に揺れないんですよ。
━━なるほどなるほど。
宮本:背が低い上に、横にしか揺れないってことで、初心者でも乗りやすい馬なんです、どさんこって。しかも、性格も大人しいから、ホースセラピーにも合ってると。なので、そういうふうに活用して、守っていこうというのがひとつの目標です。
━━どさんこっていうのは、そもそも北海道に生息していた野生の馬なんですか?
宮本:野生とは何を指すかという問題があるんだけど、馬っていうのは有史以来、人間と共に暮らしてきたんですよね。ある意味で、他力本願というか。進化の過程で、そういう道を選択してきたんです。戦略として人間と一緒に生活することを選んだ動物なので、人間がいるところに馬ありってことなんですよ。
どさんこが、もともとどこにいたのかってのは難しいんだけど、おそらくは氷河期にモンゴルの方から渡ってきて、捕まえられたんじゃないかと。南部地方あたりは馬の飼育が盛んだったので、そこで飼われていたのが開拓の時期に連れてこられて、北海道の環境に適応したんだと思います。実際、北海道には野良馬もいるんですけどね。
━━野良馬!? いるんですか?
宮本:鹿部とか恵山あたりには。飼い馬だったものが、野生化したんだと思いますけど。
日本では、明治期に富国強兵政策で、ヨーロッパ列強に追いつくためにデカいものを作ろうっていう考えがあったんですよ。在来馬って小さいですからね。そうじゃなくて大きい馬を作ろうと。それで作られたのが『ばんば馬』なんだけど、あれはもう世界中の馬を交配させて作られた世界最大の馬で、戦艦でいうと戦艦ヤマトみたいな感じなんです。
それで、当時は大きい馬を増やしたいから、体の小さな在来馬は交配させてはいけないという法律ができたんです。東北の人っていうのは真面目なので、法律に従って在来馬を繁殖させなかった。だから、結果的に絶滅しちゃったんです。一方、北海道、というか函館の人は無法者だったから(笑)。
━━法律に従わずに在来馬を繁殖させたと(笑)。
宮本:本当か嘘かはわかんないですけどね。ただ、函館山って昔は放牧地だったんですよ。今は木とか生えてるけど、数十年前の写真を見ると放牧地なんですよね。だから、役人が来ると、山に馬を逃すわけ。「いや、あれは俺の馬じゃない」って(笑)。実際に、そのまま逃げちゃって野良馬になっちゃったのもいるんだろうけど、そういういい加減さが、結果的にどさんこ種を救ったともいえますね。
━━面白い話だなー(笑)。実際、函館には在来馬が多く残っていたんですか?
宮本:うん、多かったですね。あとは、馬の生産育成をやってた道東にも残ってるんですけど。
━━そういう歴史的背景があったからこそ、七飯町にこういう牧場を作ろうと?
宮本:そうそう。なんか、牧場ありきっていうよりかは、〝地域主義〟なので。函館地方で考えたときに、ひとつは開拓の歴史、いわゆる『七重官園』(※1)の存在があったんです。当時、ここで西欧農業の実験が行われていたっていう開拓スピリッツと、開拓期の馬と暮らしてきた文化っていうのを再生させたいと思ったのが、そもそもの発端ですね。
━━Paard Muséeでは、乗馬をはじめとする様々なアクティビティが用意されていますが、そのうちのひとつである〝ホースセラピー〟について教えて下さい。日本ではあまり馴染みのない文化ですが、そもそもはどこで発祥したものなのでしょうか?
宮本:ヨーロッパですね。古代ギリシアの医者だったヒポクラテスも「病んだ兵士を馬で癒す」って書いてるくらいだから、歴史はかなり古いんだけど。今は、世界中で実践されてますよ。
━━要するに、馬と暮らしを共にすることで、人間が社会から受ける悪い影響を浄化させるみたいなことなんですかね?
宮本:そうそう。
━━なんで馬なんですか? 牛じゃダメなんですかね?
宮本:馬と違って、牛って背骨が真っ直ぐじゃないんですよ。馬だけが真っ直ぐ。それで、馬に乗って歩いてる状態って、今の人工知能で解析しても、人間が歩行してる状態と同じなんですよ。つまり、疑似歩行ができる。だから足が不自由な人も、馬に乗れば歩いたような体感ができるし、跨ってる状態だと骨盤が立ち上がって、正しい歩行姿勢になるので神経系統が結びついたりするんですよ。それで、今まで歩けなかった人が歩けるようになったりっていう事例もたくさん起きてて。そういう物理的な理由が、まずひとつ。
もうひとつは、馬っていうのは、常に逃げることを想定している動物なので、まず向かってこないんです。それと、群れの中で弱い者を守るっていう習慣があるので、弱いものに寄っていくんですよね。だから、元気な人がワーって向かっていくともう全然寄ってこないけど、うなだれてる人のところには寄っていくんですよ。
━━へー! そうなんですか。それは初めて聞きました。
宮本:馬って、コミュニケーションが特殊で、俺がオーナーであっても懐かないんです。つまり、個体認識ができないんですよね。犬みたいに「この人がご主人様」って覚えたりはしない。犬は人につくし、猫は家につくけど、馬はそういうのがまったくないんです。彼らのコミュニケーションは、システム論で成り立ってるんですよ。だから、正しいコミュニケーションで接すれば、誰にでも同じコミュニケーションが返ってくるんです。
━━長く一緒にいる人に懐くってことがないんですか? 初対面でも、こっちがちゃんとした作法で接すれば、向こうもきちんと接してくれると。
宮本:そう。なので、いわゆるコミュニケーション障害の子たちにとっては非常に有益な動物なんですよ。
セラピーで有名な動物には、イルカとかもいるんですけど、彼らは超音波とかでやりとりする生き物なので、人間の苦しみとかまで吸収しちゃうんですね。なので、人間は癒されるんだけど、イルカが先に死んじゃうっていうパターンが多くて。その点、馬はそういうことを覚えてないので。
━━運搬や乗り物として以外に、人を癒す存在として重宝されてきたという歴史があるんですね。
宮本:じゃなきゃ、こんなに大切にされないですよね。
━━ここには世界各国の馬がいるということでしたが、外国の馬と在来種の間ではコミュニケーションって発生するんですか? 例えば、ケンカしたりとか?
宮本:するするする。
━━それって種類によって合う、合わないってのがあるんですか?
宮本:それはないですね。馬は、ウマ科ウマ属っていう、一科一種しかないので。生物学上は、馬っていう種類しかいないんですよ。だから、全部交配とかも可能なんです。気が合うか合わないかってのは、生まれた国とか、種類ではなく、個体の相性だけですね。
※1:七重官園
北海道農業近代化の発信基地として大きな役割を果たした農業試験場