角野 展稔 さん(34)
職業:ソムリエ
出身地:函館
現住所:東京
函館→東京
18歳のときに母親を亡くし、残された弟妹を支えるために、働き詰めの青春時代を送ったという角野展稔さん。突然訪れた母親の死によって、「自分もいつ死ぬかわからない」と考えるようになった角野さんは〝自分の城〟を築くつもりで上京し、何のツテもないまま飲食の世界に飛び込んだといいます。
現在は、オーナー兼ソムリエとして、千駄ヶ谷でビストロ『やさいとワインの店 アンフォラ』を経営する角野さんに、裕福な暮らしから一転して「本当に貧乏だった」という函館での生活や、読書体験によって培われたポジティブな生き方、農楽蔵をはじめとする函館近郊の生産者の方々との衝撃的な出会いなどについて伺いました。
取材・文章:阿部 光平、撮影:馬場 雄介、イラスト:阿部 麻美 公開日:2016年12月17日
函館近郊の生産者が実践する〝常識にとらわれない独自製法〟
━━角野さんが、ソムリエを志したきっかけは何だったのでしょう?
角野:東京に出てきてから飲食店で働いていたんですけど、先輩に紹介してもらった方で、ポメリーというシャンパーニュのコンクールで優勝した人がいたんです。僕もいつか自分のお店をやりたいなって思っていて、「この人、ソムリエの日本チャンピオンなら、すぐにでもソムリエの資格を取らせてもらえるんじゃないかな?」って思ったんですよ(笑)。
━━下心むき出しですね(笑)。
角野:はい(笑)。その方がイタリアンのお店で支配人をされていたんですよ。で、そこに突然ランチを食べに行って、「すいません、ソムリエになりたいんですけど、雇ってください!」って言ったんです(笑)。
━━自分の訪問販売ですか(笑)。その方と出会って、ソムリエという職業のどういう部分に惹かれたのでしょう?
角野:まず、自分のお店をやるときに、ソムリエというのは武器になるなと思ったんです。あと、そのときは23歳くらいだったんですけど、「ソムリエってかっこいいな」と思って。そういうレベルですね(笑)。
━━では、そのお店でソムリエになるための修行をして。
角野:そうですね。だけど、僕はてっきりその方に教えてもらえるものだと思ったんですけど、入ってみたら「君の先生は、この人ね」って女の人を紹介されて。それが、今の妻なんですけど。
━━ソムリエの資格のみならず、人生の伴侶も手に入れたんですか(笑)。
角野:そうなんですよ(笑)。
━━ソムリエになるためには、どんな勉強をするのですか?
角野:年に一回試験があって、それに向けて、まずはワイン法というのを学ぶんですよ。
━━ワイン法?
角野:ワインの法律というのがあるんです。ワインの作り方だとか規定とか、そういうのを勉強します。
例えば、ラベルに『カベルネ・ソーヴィニヨン』って書くためには、このブドウを何パーセント以上使う必要があるとか、日本で最も古いブドウを作っていた産地はどこだとか、そういう知識を学ぶんです。1次試験はそういう問題が出て、 2次試験ではブラインドテイスティングといって、何種類かワインが出されて、どこの国のもので、何年もので、何という品種で、どんな香りの表現ですかってのを答える実技があります。
━━それはひたすら色んなワインを飲んで、舌で学んでいくってことなんですか?
角野:基本的には、そうなんですけど、ワインの銘柄を当てるというよりは、このワインに対してどのような表現をするか、特徴を捉えるかというのが、ソムリエの力量なんです。
例えば、色は濃いのか淡いのか。淡いのであれば冷涼なエリアだな、濃いんだったら温暖な場所だなというような分析があるんですよ。そういうのをマークシートに書いていくと、このワインはどこ産で、どんなワインなのかというのが大体わかってくるんです。
━━なるほど。ワインの特徴を片っ端から頭に叩き込むわけではなく、様々な特徴からワインの性質を見極めていくということなんですね。
角野:そうですね。それで、結局1年でソムリエの資格を取得することができて、お店でもたくさんのことを学ばせてもらいました。
自分のお店を始めて、妻が子育てで離れてからは、僕がシェフをやって、ワインもやって切り盛りしてたんですよ。だけど、これじゃさすがに何の店かわからないなと思って、ソムリエも外に立ってないとまずいなってことで、料理はシェフに完全にお任せして、僕は専門的にワインをやるためにコンクールの勉強をしはじめました。それで、オーストリアワイン大使コンクールという3年に一度の大会に出場して、2回目のチャレンジで金賞をもらうことができたんです。そこからは、 本格的にソムリエとして店に立つようになりました 。
━━もうひとつの看板である〝やさい〟へのこだわりについても教えてください。
角野:やさいは、函館近郊から仕入れているものもあって、今金男爵芋はオープン当時からずっと使わせてもらっています。
今年の夏には、函館近郊の生産者の方々にお会いしに行ってきたんですよ。それがもう、驚きの連続で。
━━どんなことがあったんですか?
角野:事のきっかけは、妻がたまたま携帯で調べものをしていたときに、「函館に野生酵母を使ったワインあるらしいよ!」って話になって、そこで知ったのが農楽蔵さんのワインだったんです。最初は「ラベルがかわいいなぁ」と思って、飲んでみたいと思ったんですけど全然買えなくて。それで直接連絡をして、東京の酒屋さんに卸しているという話を聞いて、ようやく手に入れて飲んでみたら、「なんでこんなワインなんだろう?」ってビックリしちゃって。
━━「なんでこんなワインなんだろう?」というのは?
角野:お花畑みたいな香りのワインで、グレープフルーツとかレモンとか、そういうのではなく、複雑性のある印象的な香りに驚かされたんですよね。
あとは、ラベルのデザインとか売り方とか、マーケティングのこととかも気になっちゃって。フランスの学校を出たという話も聞いて、函館で生産しているとのことだし、すべてにおいて一度お会いしてみたいと思ったんです。それから連絡をして、普通はダメらしいんですけど、一応関係者ということで、特別に時間を作っていただけたんですよ。
そこで、せっかく行くなら色んな生産者の方に会いたいなって思って、農楽蔵さんに相談したら、渡島振興局の方を紹介してくれて。その方から、『食彩王国』という道南の生産者の方々を紹介している冊子をいただいて、生産者の方々を訪ねてきたんですよね。
━━具体的にはどんな方々とお会いして、どんな食材を見てこられたのでしょう?
角野:農楽蔵さんでは、畑やワイナリーを見学させてもらって、醸造に関するこだわりや哲学をご教授いただきました。七飯町にある福田農園さんでは、横津岳の天然伏流水で育てた大きくて肉厚な『王様しいたけ』を、同じく七飯町の山田農場さんでは、輸入飼料を一切与えないで放牧草や米、大豆など、地の物で飼育した山羊の乳で作った日本でも数少ない『無殺菌シェーブルチーズ』を、森町のみよい農園さんでは、糖度 25 度という『黄金のかぼちゃ くりりん』などを見させてもらいました。
━━その中で、「驚きの連続だった」というのは?
角野:僕は、ワインのことをけっこうストイックに勉強をしてきたので、質問に対して明確な答えが返ってこないと、「この人は、なんで勉強してないんだろう?」とか思っちゃうタイプなんですけど、今回お会いしてきた方達はナチュラル思考の人が多くて、例えば「トマトをあげることで羊の肉質が良くなるんですか?」という質問に対して「味や肉質の良さと言うよりかは、トマトなどの有機野菜を与えると羊が喜ぶんですよ」といった回答が返ってくるんですよ。それで、実際にお肉は美味しいので、「知識だけの世界じゃないんだな」って改めて感じたりもしました。自分の方が頭でっかちになりすぎていたのかなって。
━━科学的な根拠ではなく、経験則みたいなものの説得力を身をもって感じたと。
角野:科学的な考え方に縛られていたというか、僕の頭が固いのかなと思わされましたね。そういうことを、すべて理解させてくれたのが、めちゃくちゃ甘いカボチャを作っているみよい農園さんだったんですよ。
そこの方は、ずっと科学的なことをやってきたんですけど、今はもう農薬を使わないで、海の微生物を使って畑を作って、カボチャを育てているんです。
━━畑に海の微生物ですか? まったくイメージが湧かないんですが…。
角野:農薬って、陸中にある菌を殺しちゃうんですよ。それは、自然な状態とはまったく対極にある行動なわけです。
今ある陸地の多くは、昔は海だったので、「土の中にいる微生物と海の中の微生物は一緒で、畑の土に住む微生物に栄養を与えるためにミネラルが豊富な海産物堆肥を使うことで、土は勝手に働いてくれるんじゃないか?」という考えに至ったらしいんですよ。それで、海産物の堆肥を自分で作って、それを畑に与えて、農薬を使わずに良質なカボチャを作っているんです。
さらに、収穫してから高温キュアリングとよばれる独自の追熟方法で澱粉質を糖分に変えて、甘さを引き出すことで、大きくても大味にならないかぼちゃが完成するらしいんですよね。これは、誰にも真似できないんですよ。
━━既成概念を打ち破るような作り方だから、製法を聞いたところで誰もコピーできないんですね。なんか、人間離れしたテクニックを持った一流スポーツ選手の話みたい。
角野:原理がわかったからって、真似できることではないんですよね。
夏に帰ったことで、函館近郊には本当にすごい生産者の方がたくさんいることを知りました。今後ともお付き合いさせていただきたいし、これをきっかけにいろんな生産者の方に会いに行きたいなとも思っています。お客さんもすごく喜んでくれているので、僕も嬉しいです。
角野:年に一回試験があって、それに向けて、まずはワイン法というのを学ぶんですよ。
━━ワイン法?
角野:ワインの法律というのがあるんです。ワインの作り方だとか規定とか、そういうのを勉強します。
例えば、ラベルに『カベルネ・ソーヴィニヨン』って書くためには、このブドウを何パーセント以上使う必要があるとか、日本で最も古いブドウを作っていた産地はどこだとか、そういう知識を学ぶんです。1次試験はそういう問題が出て、 2次試験ではブラインドテイスティングといって、何種類かワインが出されて、どこの国のもので、何年もので、何という品種で、どんな香りの表現ですかってのを答える実技があります。
━━それはひたすら色んなワインを飲んで、舌で学んでいくってことなんですか?
角野:基本的には、そうなんですけど、ワインの銘柄を当てるというよりは、このワインに対してどのような表現をするか、特徴を捉えるかというのが、ソムリエの力量なんです。
例えば、色は濃いのか淡いのか。淡いのであれば冷涼なエリアだな、濃いんだったら温暖な場所だなというような分析があるんですよ。そういうのをマークシートに書いていくと、このワインはどこ産で、どんなワインなのかというのが大体わかってくるんです。
━━なるほど。ワインの特徴を片っ端から頭に叩き込むわけではなく、様々な特徴からワインの性質を見極めていくということなんですね。
角野:そうですね。それで、結局1年でソムリエの資格を取得することができて、お店でもたくさんのことを学ばせてもらいました。
自分のお店を始めて、妻が子育てで離れてからは、僕がシェフをやって、ワインもやって切り盛りしてたんですよ。だけど、これじゃさすがに何の店かわからないなと思って、ソムリエも外に立ってないとまずいなってことで、料理はシェフに完全にお任せして、僕は専門的にワインをやるためにコンクールの勉強をしはじめました。それで、オーストリアワイン大使コンクールという3年に一度の大会に出場して、2回目のチャレンジで金賞をもらうことができたんです。そこからは、 本格的にソムリエとして店に立つようになりました 。
━━もうひとつの看板である〝やさい〟へのこだわりについても教えてください。
角野:やさいは、函館近郊から仕入れているものもあって、今金男爵芋はオープン当時からずっと使わせてもらっています。
今年の夏には、函館近郊の生産者の方々にお会いしに行ってきたんですよ。それがもう、驚きの連続で。
━━どんなことがあったんですか?
角野:事のきっかけは、妻がたまたま携帯で調べものをしていたときに、「函館に野生酵母を使ったワインあるらしいよ!」って話になって、そこで知ったのが農楽蔵さんのワインだったんです。最初は「ラベルがかわいいなぁ」と思って、飲んでみたいと思ったんですけど全然買えなくて。それで直接連絡をして、東京の酒屋さんに卸しているという話を聞いて、ようやく手に入れて飲んでみたら、「なんでこんなワインなんだろう?」ってビックリしちゃって。
━━「なんでこんなワインなんだろう?」というのは?
角野:お花畑みたいな香りのワインで、グレープフルーツとかレモンとか、そういうのではなく、複雑性のある印象的な香りに驚かされたんですよね。
あとは、ラベルのデザインとか売り方とか、マーケティングのこととかも気になっちゃって。フランスの学校を出たという話も聞いて、函館で生産しているとのことだし、すべてにおいて一度お会いしてみたいと思ったんです。それから連絡をして、普通はダメらしいんですけど、一応関係者ということで、特別に時間を作っていただけたんですよ。
そこで、せっかく行くなら色んな生産者の方に会いたいなって思って、農楽蔵さんに相談したら、渡島振興局の方を紹介してくれて。その方から、『食彩王国』という道南の生産者の方々を紹介している冊子をいただいて、生産者の方々を訪ねてきたんですよね。
━━具体的にはどんな方々とお会いして、どんな食材を見てこられたのでしょう?
角野:農楽蔵さんでは、畑やワイナリーを見学させてもらって、醸造に関するこだわりや哲学をご教授いただきました。七飯町にある福田農園さんでは、横津岳の天然伏流水で育てた大きくて肉厚な『王様しいたけ』を、同じく七飯町の山田農場さんでは、輸入飼料を一切与えないで放牧草や米、大豆など、地の物で飼育した山羊の乳で作った日本でも数少ない『無殺菌シェーブルチーズ』を、森町のみよい農園さんでは、糖度 25 度という『黄金のかぼちゃ くりりん』などを見させてもらいました。
━━その中で、「驚きの連続だった」というのは?
角野:僕は、ワインのことをけっこうストイックに勉強をしてきたので、質問に対して明確な答えが返ってこないと、「この人は、なんで勉強してないんだろう?」とか思っちゃうタイプなんですけど、今回お会いしてきた方達はナチュラル思考の人が多くて、例えば「トマトをあげることで羊の肉質が良くなるんですか?」という質問に対して「味や肉質の良さと言うよりかは、トマトなどの有機野菜を与えると羊が喜ぶんですよ」といった回答が返ってくるんですよ。それで、実際にお肉は美味しいので、「知識だけの世界じゃないんだな」って改めて感じたりもしました。自分の方が頭でっかちになりすぎていたのかなって。
━━科学的な根拠ではなく、経験則みたいなものの説得力を身をもって感じたと。
角野:科学的な考え方に縛られていたというか、僕の頭が固いのかなと思わされましたね。そういうことを、すべて理解させてくれたのが、めちゃくちゃ甘いカボチャを作っているみよい農園さんだったんですよ。
そこの方は、ずっと科学的なことをやってきたんですけど、今はもう農薬を使わないで、海の微生物を使って畑を作って、カボチャを育てているんです。
━━畑に海の微生物ですか? まったくイメージが湧かないんですが…。
角野:農薬って、陸中にある菌を殺しちゃうんですよ。それは、自然な状態とはまったく対極にある行動なわけです。
今ある陸地の多くは、昔は海だったので、「土の中にいる微生物と海の中の微生物は一緒で、畑の土に住む微生物に栄養を与えるためにミネラルが豊富な海産物堆肥を使うことで、土は勝手に働いてくれるんじゃないか?」という考えに至ったらしいんですよ。それで、海産物の堆肥を自分で作って、それを畑に与えて、農薬を使わずに良質なカボチャを作っているんです。
さらに、収穫してから高温キュアリングとよばれる独自の追熟方法で澱粉質を糖分に変えて、甘さを引き出すことで、大きくても大味にならないかぼちゃが完成するらしいんですよね。これは、誰にも真似できないんですよ。
━━既成概念を打ち破るような作り方だから、製法を聞いたところで誰もコピーできないんですね。なんか、人間離れしたテクニックを持った一流スポーツ選手の話みたい。
角野:原理がわかったからって、真似できることではないんですよね。
夏に帰ったことで、函館近郊には本当にすごい生産者の方がたくさんいることを知りました。今後ともお付き合いさせていただきたいし、これをきっかけにいろんな生産者の方に会いに行きたいなとも思っています。お客さんもすごく喜んでくれているので、僕も嬉しいです。