18歳にして一家の大黒柱となった少年が見つめた未来と
仕事の中で見つけた生産者と消費者を繋ぐ喜び

角野 展稔 さん(34)
 職業:ソムリエ
出身地:函館
現住所:東京
 函館→東京
 

 
 
 
18歳のときに母親を亡くし、残された弟妹を支えるために、働き詰めの青春時代を送ったという角野展稔さん。突然訪れた母親の死によって、「自分もいつ死ぬかわからない」と考えるようになった角野さんは〝自分の城〟を築くつもりで上京し、何のツテもないまま飲食の世界に飛び込んだといいます。
現在は、オーナー兼ソムリエとして、千駄ヶ谷でビストロ『やさいとワインの店 アンフォラ』を経営する角野さんに、裕福な暮らしから一転して「本当に貧乏だった」という函館での生活や、読書体験によって培われたポジティブな生き方、農楽蔵をはじめとする函館近郊の生産者の方々との衝撃的な出会いなどについて伺いました。

 
取材・文章:阿部 光平、撮影:馬場 雄介、イラスト:阿部 麻美 公開日:2016年12月17日

 
 

 
 
 
 
 
 

原始的なナチュラルワインの名を冠した古民家ビストロ

 
 

 
━━角野さんは、オーナー兼ソムリエとしてビストロを営んでいるとのことですが、はじめにこちらのお店について教えて下さい。
角野:『やさいとワインの店 アンフォラ』というお店なんですが、200910月にオープンして、丸7年になります。当時はまだ結婚していなかったんですけど、今の妻と2人でやろうということで始めたお店です。
その前は、一緒に西麻布の高級イタリアンで働いたので、そこから遠くない場所で店舗を探しました。ここなら、前のお店のお客さんも来てくれるだろうということで。
 
━━千駄ヶ谷を選んだのは、西麻布に近い場所というのが決め手だったんですね。
角野:僕が近くに住んでたってのもあったんですけどね。ここは、商店街に位置しているんですが、中心からは離れているんです。すぐそばに国立競技場の跡地があって、50年前の東京オリンピックのときは、ここら辺を賑やかにするってことで渋谷の区役所も近くにあったんですよね。宿舎もたくさんあって、人も多かったらしいです。だけど、オリンピックが終わって、宿舎も移動して、お店とかも徐々に減っていったみたいですね。
 
━━良くも悪くもオリンピックの影響をモロに受けた街なんですねぇ。
角野:そうですね。僕らは、古いアンティークっぽいお店を探していて、たまたまここが見つかったんですよ。もともと1階は喫茶店で、2階で大家さんが暮らしている古民家だったんです。建物自体は築40年とか50年くらいなんですけど、オーナーさんが30年くらい喫茶店をやられていて。だけど、もうリタイアするから、人に貸そうっていう状況だったんですよ。そこで、タイミングよく出会うことができました。
そのとき、僕は27歳だったんですけど、あまりお金がなかったので、居抜きで借りられて、気軽にできたらいいなぁという気持ちでした。
 
━━なるほど。お店のコンセプトなども聞かせてください。
角野:ワインだけだと、ワインバーみたいな感じになっちゃうじゃないですか。だけど、美味しい料理も出したいってことで、「やさいとワインの店」という冠をつけたんです。当時は、野菜を食べられるお店って少なくて、女性が入りやすいような、可愛い感じのお店にしようと考えていました。もちろん、野菜だけでなくお肉とかも出してるんですけどね。
ワインは、妻がフランスのロワールワインのコンクールで優勝していたのもあって、フランス関係のワインが多いです。
 
━━奥さんも角野さんもソムリエということですが、お店ではそれぞれどんな業務を担当されているのでしょう?
角野:この規模のお店で2人ともソムリエをやっていてももったいないので、はじめは妻がメインでソムリエをやっていました。僕は料理も覚えようと思って、最初の3年くらいはシェフに教えてもらいながら一緒にやってましたね。自分のお客さんがきたらソムリエをやったりしながら。
今は妻が子育てをしているので、シェフとスタッフをひとりお願いして、僕は表ですべて切り盛りしています。
 
━━ソムリエという仕事は広く知られていますが、実際にはお店の中でどんな役割を担うポジションなのですか?
角野:うちはオーナー兼ソムリエなので、表側の業務はすべて担っていますけど、普通のソムリエ業はワインの管理と接客などのお客様サービスがメインですね。このワインはどういうタイプのもので、この料理にはどんなワインが合いますよというのを伝えたり、季節にあったワインを決めたりとか、お客様の好みを把握するための顧客情報を作ったりするのが仕事です。
 
━━実際、ソムリエの方がいるお店では、ひとつひとつのワインについて説明を受けながら食事ができるので、普通に食事するよりもエンターテイメント性がありますよね。そのワインのバックボーンを知ると、味わい方も違ってきますし。
角野:ウンチクなどを含め、お客様にワインのことを面白く伝えるのが仕事なので、そのために深く掘り下げて勉強はしています。

 
 
 

━━『アンフォラ』というのは聞きなれない言葉ですが、お店の名前の由来は何なのでしょう?
角野:アンフォラというのは、壺の名前なんです。昔、ワインを貯蔵していた土器みたいなものなんですけど、底が鋭角になっていて、土の中に突き刺して貯蔵していたんです。
僕らはワインのお店なので、それに関係するような名前がいいなってことで決めました。アンフォラは古いものだから、初心を忘れないように、最初の頃を思い出せるようにという気持ちを込めてつけたんです。
あとは、「A」とか「あ」から始まった方が電話帳の上に載るし、頭にも残りそうだなぁと思って(笑)。
 
━━なるほどー。ワインの起源に関わるような壺なんですね。
角野:そうですね。今でもアンフォラで作られているワインはあるんですよ。
 
━━へー! それは気になるなぁ。飲んでみたい!
角野:もともとはグルジアっていう、今はジョージアという呼び方に変わりましたけど、その国が発祥なんです。ジョージアワインといって。
今のワインはステンレスタンクだとか木樽だとか、衛生面でも管理されたもので作ることが多いんですけど、アンフォラの場合は土の中に壺を埋めて、その中にブドウを入れて、発酵させるという昔ながらの方法で作られています。
日本でも、大阪などには、ジョージアのアンフォラを買ってきて、自分で作ったブドウを醸造して、オリジナルのアンフォラワインを作っている人がいますよ。
 
━━アンフォラで作ったワインを瓶詰めして流通させてるってことですか。
角野:そうです、そうです。
 
━━要するに、アンフォラというのは壺であり、ワインの中のひとつのジャンルってことなんですね。
角野:そうですね。原始的なナチュラルワインです。土の中の微生物などを利用して、ワインを発酵させて、管理するという。ただ、作るのが難しいので美味しくないワインもありますけどね。
 
━━昔と同じ製法ということと、美味しいかどうかというのは、イコールではないということですね。
角野:ですね。お店をオープンさせた当時は、今のように自然派ワインってあまり流行っていなくて、日本ではアンフォラで作っているワインがあまり知られていなかったんですけど、最近では少しずつ知られるようにはなってきています。
 

第2回へ続く