■長きに渡る税収増の時代が築いた市役所の受け身体質


━━群馬に根が張れていないと感じたときに思い浮かんだのは、やはり函館だったんですね。
沼田:まずはそうですね。高専に募集がきていた就職先も、ほとんどは東京だったんですけど、群馬を選んだのは、都会には住みたくないという理由もあったんです。
だけど、実際に群馬で暮らし始めてから4年経って、両親のこととかも考えているうちに、函館に戻るのが一番いいのかなと思うようになって。

━━「函館に帰ろうかな」という考えが浮かんだときに、例えば自動車関係の仕事をやってきた経験を活かして、同じような業種に就くという選択肢もあったと思うんですけど、いろんな職種の中で市役所を目指そうと思った決め手は何だったんですか?
沼田:仕事に関しては、自動車はすごく楽しかったので、函館でもそういう仕事ができればいいなとは思ってたんですけど、函館には自動車メーカーがないので、そこに固執しませんでした。逆に、同じような仕事に就いて、群馬の職場よりも環境がよくなかったら、ちょっと後悔しちゃうかなとも思って。
それと、ちょっと市役所の中を見てみたいという気持ちもあったんです。ニュースとかで見る市役所って、対応が適当だったり、ずさんだったりって部分が取り上げられるじゃないですか。

━━「お役所仕事」って言葉もありますけど、いい意味では使われないですもんね。どちらかといえば、仕事に対する姿勢を非難するような言葉というか。
沼田:ですよね。そういう形式主義だったり、不親切な組織というイメージがあったので、「本当なのかな?」って。

━━自分が入って、そういった体制を立て直してやろうという心意気だったんですか?
沼田:そういう志がなかったといえば嘘になりますね。本当に市民の方を向いていない組織なら、自分が入って、立て直しができないかなと思って。

━━それって、正義感だったんでしょうか?不正とか怠慢とかって状況を許せないタイプなんですか?
沼田:ちゃんとやってないんだとすれば許せないタイプですね。そういうのは嫌いです。



━━市役所の中途採用というのは、どのような流れで行われるんですか?
沼田:最初に採用試験があって、いわゆるペーパーテストですね。基礎教養みたいな。なので、仕事をしながら、地方公務員用の参考書で勉強をしてました。
その後に面接があって、年末年始くらいに試験結果が出たのかな。それで、合格できたので、自動車製造の会社を退職したんです。

━━実際、中に入ってみて、どうでしたか市役所は?
沼田:世の中でいわれるほど、怠惰だったり、心ない組織ではないですよね。一番強く思ったのは、真面目な人がめちゃくちゃ多いってことです。すごく真面目だし、一生懸命な人が多いですね。

━━じゃあ、立て直すような必要はなかったんですね(笑)。
沼田:なかったですけど、チャレンジすることに関しては弱いのかなとも思いました。新しいことに飛び込む、あるいは新しいものを受け入れるっていうのが、少し苦手な組織なのかなと。

━━それは働いている人がというよりも、組織の体質的にそうだということでしょうか?
沼田:そうですね。一昨年やったことを引き継いで去年があり、去年やったことを引き継いで今年があるという体制なので、あまり変わらないというか。良くも悪くも淡々としているんですよね。
仕方ない部分もあるんですけど、市役所が能動的に何かアクションを起こすってことは、今まではほとんど必要なかったんですよ。

━━あくまで、受動的に動く組織だったと。
沼田:はい。住民が安心して住めるようにってことで、道路だったり、ゴミの収集だったり、水道の提供とかもそうですし、基本的なインフラを提供していくというのが行政の仕事で、何か独創的な試みなどは、ずっと民間の会社がやってきたんです。

━━なるほど。
沼田:これまでって、人口が増えていって、税収も右肩上がりという時代が長く続いていたんです。極端な話、人口が増えていけば、何もしなくても税収が増えていくわけじゃないですか。だから、市役所は、最低限みなさんに不便がないようにっていう仕事をすることが必要だったんです。
だけど、今はじめて人口が減り始めていて、これまでのような税収は見込めないんです。そうなると、市の方でも何か手を打たなきゃならないわけです。

━━人口と共に税収が増えていった時代は、資金面でゆとりがあったから、市役所が自ら新しいことにチャレンジする必要性がなかったということですね。それが、人口と税収が減り始めたことで、何か対策を打つ必要が出てきたと。
沼田:そう感じています。今までは人が増えるという想定で、「どこに住宅地を作ろうか」とか、「あっちに道路を作って人が行けるようにしよう」とか、そういうことがいろいろとできたんでしょうけど、今は人が減って、使われていない建物が出てきたりしている状況なので、今までのように建物を作ろうという話にはまずならないですよね。むしろ、使われていない建物の維持費をどうするかという問題が出てきたりして。
税収も下がってきたので、増やすためにどうしたらいいのかという対策を講じなくてはいけないんですけど、そういうことは今まであまり考えられてこなかったんですよね。これは函館に限った話ではないですけど。

━━人口減に伴う財源低下は、全国的な問題ですもんね。
沼田:はい。だから、今までやってこなかった新しいことにも取り組まなきゃいけないんですけど、市役所にはそういう意識がまだ足りないんじゃないかなって感じます。
みんな本当に真面目なんで、決められたことは必ずやりますし、ちゃんと仕事をしているんですけど、それだけじゃ今はダメなんですよね、きっと。

━━市役所も変化を求められる時代になってきていると。
沼田:そうですね。役所がやるべきこと自体は変わらないと思うんでけど、役所も環境の変化に対応していかなければならないんだろうなと。





━━函館って高齢化率が3割とかでしたっけ?
沼田:そうですね。高齢化率も上向きになっていますし、人口減少も全国よりも早く始まっています。

━━沼田さんの担当ではないかもしれませんが、そういった問題を抱えているときに、市役所としてはまずどんなことを考えて行動していくんですか?
沼田:高齢化率を下げるというのは、あまり現実的ではないんだと思います。若い人を増やすことで相対的に高齢化率を下げるというのはもちろん必要な方法なんですけど、今は若い人が出て行ってしまう街ですから。
若者に残ってほしいとか、出て行っても帰ってきてほしいというような想いは、市としてはあります。ただ、勤務先や大学など、受け皿になる部分が、東京や札幌に比べると選択肢が少ないので、そこら辺はどうにかしていきたいなと。

━━そうですよねぇ。
沼田:企業誘致にしても、企業というのは呼んだからといって来てくれるものではないので、来てもらえるような環境を整えないといけないですよね。市の力ではないですけど、最近は新幹線もあるので、そいう環境を売りにして、声をかけていきたいというのはあります。
あと、高齢者が増えて、高齢化率が上がっているとなったときに考えなきゃいけないのは、高齢者の受け皿となる施設ですよね。介護施設もそうですし、高齢者の方が活躍できるような場所というのも、いろいろと用意していかなきゃいけないなと思います。暮らしている高齢者の方がつまらないと感じる街にしてはいけないので。

━━交通の便とか考えると、函館には高齢者の方にとって不便な部分もありますよね。
沼田:市電が走っているエリアは広くないので、バスが生命線という方が多いですよね。
本当のことをいえば、昔のかたちが一番良かったのかなとか思うんですけどね。近所に商店があって、そこで買い物ができるという。バスに乗って遠くへ行って、重い買い物袋を持って帰って来るよりも、近所の商店でいろいろと買い物をする方が合理的だったんじゃないの?って思うんですけどね。

━━規模は違いますけど、東京なんかは各駅にスーパーがあるという生活環境ですもんね。買い物するために電車に乗ったり、遠出しなくても済むというのは、高齢者の方には楽でしょうね。
沼田:東京はやはり人が多いので、お店がいくらあってもやっていけると思うんですけど、函館ではそうはいかないです。コンパクトなエリアだけでは商売が成り立たないから、商店とかがなくなって、その結果として、今あるのは一箇所に集約された大型スーパーだったりするので。

━━うちの祖母もそうですけど、足が痛かろうが、腰が痛かろうがバスに乗って買い物にいかなければならないんです。
沼田:バスの乗り降りがきつくてタクシーに乗るとなれば、なおのことお金もかかってきますし。じゃあ、宅配でやるサービスが普及すればいいのかってなると、今度は家から出なくなっちゃうと思うんですよね。だから、その辺は難しいんですけど。
こういう状況になった理由のひとつには車の普及があると思います。みんなが車に乗るようになって、距離の感覚が変わってくると、「一箇所で全部済むなら、そっちの方がいい」という考えにもなると思うんですよ。品揃えが多い方がいいし、集約すると効率もよくなりますからね。お店側としてもメリットがあるし。





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