■8年間続けてきた店を閉め、次のステージ〝東京〟へ
━━牧場を辞めてからバーテンダーになるまでは、どのような道のりだったのでしょうか?
高橋:まずは函館に帰ってきました。兎にも角にもバーで働かないとダメだなってことで働かせてもらえるお店を探して、仲間の紹介で働けることになったんです。それが二十歳の時で、そこから3年間は修行の日々でした。
━━実際にバーで働いてみた感触はいかがでした?
高橋:最初の頃は精神的に辛かったというか、人前に立って仕事をするっていうのが初めてだったんで、緊張で汗しかかいてませんでしたね。一切喋らずに(笑)。
ただ、牧場は命の危険を感じるような職場だったので、「それに比べたら、大したことない!」って思えて、その気持ちで乗り切れた部分はありました。そうやって働いていく中で、バーテンダー協会っていうのに入らせてもらって、いろんな先輩に技術を教わったり、カクテルの大会に出させてもらっているうちに、仕事が楽しくなってきましたね。
━━カクテルの大会というのは、どういったことを競い合うんですか?
高橋:オリジナルカクテルを作るのがメインなんですけど、まずは見た目や味。あとはレシピや振る舞い、それに創作意図やネーミングをプレゼンする能力などで審査されます。
━━そういった大会は定期的に行われているんですか?
高橋:青森と函館では、2年に1度。青函で交互に大会が開催されていました。そこで1回ずつ賞を取って、一応全国大会にも出させてもらいました。
━━すごい! それってスポーツの大会と同じように、地方予選を勝ち抜いて、全国大会に出場するって流れなんですか?
高橋:青函の大会は、全国に直結する大会ではないんですけど、そこで賞を取ることで、全国大会に出場するための基準がクリアできるって感じですね。
本当はそういう地方予選があるんですけど、函館の場合は出場者が誰もいないんですよ。27歳までがジュニアって枠なんですけど、函館からジュニアの大会に出たのって、僕が9年ぶりだったんです。
━━そうなんですか。高橋さんが、青函の大会で賞を取ったり、全国大会に出場してからは、それに続く若い人も出てきてるんですか?
高橋:いや、出てきてないですね。未だに僕が一番若いんです。それがちょっと残念なんですけど。バーテンダーになりたいっていう、若い子がいないんですよね。
━━バー業界としては、寂しい実情ですね。そういう状況の中、高橋さんが函館でお店を出そうと思ったきっかけは何だったんでしょうか?
高橋:働いてたお店が閉まることになったんです。そこで、僕が考えられる選択肢は2つあって。まずひとつは、さらに修行を積むという道ですね。北海道のバーテンダー業界って、北見のレベルがすごく高いんですよ。なので、修行のために北見に行くって選択がひとつ。もうひとつは、独立という道ですね。働いていたお店のオーナーが、もし自分で店をやるなら備品を譲るよって言ってくれて。
そこで僕は、自分がバーテンダーになりたいのか、それとも経営者になりたいのかっていうのを考えて、結論的には「経営者になりたい」って気持ちだったんです。それなら早いうちから自分の店をやって、経営を学んだ方がいいなと思って、今やってる『en counter』をオープンさせました。当時、まだひとつのお店でしか働いた経験がなかったし、23歳とかだったので、周りのみんなには「早すぎる」って言われたんですけど、もし失敗したら出稼ぎにでも行ってお金を返そうって気持ちでしたね。
━━それは、いい意味で若さゆえの判断だったのかもしれませんね。ちなみに、『en counter』という店名の由来は何なんですか?
高橋:〝en〟は〝縁〟の意味です。お店をやると決めた時に、カウンターを通じて人と人との縁が生まれればいいなってことでつけました。僕自身もそういった出会いがあってお店を出せたんで。人との繋がりは何よりも大切にしています。
━━独立してからの8年間は、振り返ってみるとどんな時間でしたか?
高橋:1年目は順調だったんですけど、2年目あたりからは徐々にしんどくなってきて、途中からは「どうにか店を続ける」ってことを最優先に考えてましたね。
オープン当初のイメージとしては、店がある程度軌道に乗ってきたら、他にもお店を展開していきたいって思ってたんですよ。実際に、オープンから5年後には広い物件に移転して、バーとは別に2軒目として女の子の店を始めたんですよね。だけど、結果的には失敗しました。このままだとメインである『en counter』の方がダメになっちゃいそうだったので、取り返しがつかなくなる前に決断して、引き上げたんです。
━━経営者としてやっていくために、試行錯誤の日々だったわけですね。
高橋:チャンスがあると思ったら、とりあえずやってみようって感じでしたね。ある程度稼いでは新規事業につぎ込んでってことを繰り返してました。だから、常にギリギリでしたね。
━━経営者として、今度はどのような事業展開をしていくつもりですか?
高橋:『en counter』は閉めることにしました。2月から東京に行って、新しいお店を始めるんです。
━━閉めるんですか!? それは思わぬ展開ですね。どういった経緯で、東京でお店をスタートさせることになったのでしょう?
高橋:牧場で働いていた時に、年の近いジョッキーと知り合ったんですよ。今でもすごく仲がいいんですけど。その繋がりで、函館で競馬が行われている夏のシーズンは、昼間に競馬場で働いてたんですよね。そこでまた別のジョッキーの方と仲良くなって、その人がレースで函館にいる間は、ずっと『en counter』に飲みに来てくれてたんですよ。そうやってお付き合いしていく中で、「東京で店やらない?」って声をかけてもらったんです。
━━その話をもらった時に戸惑いはありましたか?
高橋:いや、即決でしたね。すぐやりたいって。連絡があった時に、僕がどう返信するかによってかなり状況が変わるなと思って、「常にやりたいと思ってた」みたいな返信をしました。
━━『en counter』のお客さんに対しては、どんな気持ちでした?
高橋:毎週のように来てくれる常連さんもいましたし、そういう方たちには申し訳ないなという気持ちがありましたね。ただ、『en counter』を始めた時から、この店を一生続けていくっていう気持ちはなくて、あくまでも次のステップに行くためのお店だったんです。だから、自分としてはやっと次に行けるという想いが強かったですね。
━━「次のステップ」という具体的なイメージの中には、函館を出るという考えもあったんですか?
高橋:出て行けるタイミングがあったらいつでも行きたいなと思ってました。お店を展開していきたいというのも、立ち上げたお店が軌道に乗ったら他の人に任せて、自分の体は自由にしておきたいっていう気持ちがあったんです。お金を稼いで、また違う土地で飲食をやってという風に働いていきたいと思っていたので。
外から函館を見た時に、函館はいい街だと思うし、すごい好きなんですけど、ずっとここにいたら逆に寂しいなとも思って。ずっと函館にいるという人生が。家族も友達もいるし、楽しいし、すごく好きなんですけど、もっといろいろな世界が見たい、経験したいっていう気持ちが強くあって。だから、東京で店をやらないかって話をもらった1週間後には東京に行って、場所の下見とかもしてきました。場所は麻布十番で、3月にはオープンの予定です。
━━すでに店名も決まってるんですか?
高橋:『Bar Harness』(東京都港区麻布十番2-19-10 桂麻布十番ビル7F)という名前です。ハーネスというのは馬を〝繋ぐ〟馬具の名前なんですけど。
━━〝馬〟というキーワードに加え、今回も〝繋がり〟という意味を込めているんですね。
高橋:そうです。あと、ハーネスには〝自然〟という意味もあるので、素材を活かした食べ物だったりカクテルを出していきたいなと思っています。もちろん、函館の食材も提供していきたいなと。
函館に対しては、やっぱり自分が生まれた街なので、何か貢献したいって気持ちが常にあって。今までは、五稜郭でお店をやることで函館を盛り上げたいっていう想いがあったんですけど、じゃあ現実的に何をしたらいいのかとか、僕ひとりだと何もできないんじゃないかとか、色々とやりきれていない部分もあったんです。だけど、今回の話をもらって、函館にいなくても街への貢献はできるんじゃないかと思うようになりました。
僕の場合、東京で函館ブランドをアピールしたりとか、函館、北海道のものを中心に仕入れて東京で売ることができたら、少しは貢献にはなるのかなと。そういう部分でも東京にも行くのは楽しみですね。
━━先ほど、「次のステップ」というお話がありましたが、高橋さんにとっては今回の東京進出も〝ひとつのステップ〟と捉えてるのでしょうか? そうだとすれば、その先には何が見えているのでしょう?
高橋:東京もひとつのステップだと思ってます。その先にも色んなことが見えていて。例えば、海外に店を出したいとか、ずっと思ってたことではあるんですけど、函館にいながらだと、いくらイメージしてみても現実的に思えないというか、ステップとして開きすぎてるって感じちゃうんですよね。その間に、東京っていうステップを踏むことで、海外進出というのが具体的にイメージできるようになってきました。今は、これまで思い描いてきたイメージが、少しずつだけど現実的になっている感じがして、それが一番楽しいですね。
城岱スカイラインからの夜景
「いわゆる裏夜景なんですけど、すごく綺麗で。仕事で悩んだ時とかに行ったりする場所です」
穴間海岸の夕日
「ここも悩んでる時に来る場所ですね(笑)。ひとりで悩んでいる時って、自然を眺めたくなるんですよね。そうすると、そんな大したことじゃないって思えるので」
en counter
「8年3ヶ月やってきた自分のお店。ここで出会って結婚した方も3組くらいいます。僕自身も次に繋がる〝縁〟をこの店で得られましたし、最高の店でした」