■夢見た世界での大きな挫折


━━高校を卒業した後は、実際に牧場へ行かれたんですか?
高橋:高校卒業して半年くらいは、函館競馬場で乗馬を習ってて、その後は紋別にある育成牧場に行きました。

━━育成牧場っていうのは、どんなところなんでしょう?
高橋:競走馬が、競馬場で走れるように調教する場所ですね。人が乗ってコントロールしながら走れるように教え込むんです。

━━そこには就職というかたちで?
高橋:はい、寮に住みながら牧場で働いてました。

━━紋別という街の印象はいかがでしたか?
高橋:最初は、人の数より馬の数の方が多いなって印象でしたね(笑)。生活的には、休みの前の日に札幌行って遊ぶことはありましたけど、それ以外はほとんど牧場にいました。

━━どうでした? 念願だった馬と触れ合う職場というのは?
高橋:挫折を味わいましたね。

━━挫折ですか。具体的にはどんなことで?
高橋:小学校2年生からずっと馬に関わる仕事がしたと思ってたんですけど、いざ就職してみたら、周りが僕よりも全然馬が好きな人達ばっかりなんですよ。僕ももちろん好きだったんですけど、落馬したりとか危ない思いをして、一気に「この仕事は自分にはできない」と思ってしまったんです。自分でもショックでしたし、当時の僕にとってはかなり受け入れがたい現実でしたね。

━━そう思ってしまった一番の要因は〝恐怖心〟だったんですか?
高橋:そうです。〝怖い〟って気持ちが一番大きかったですね。怖くなったんですよ、馬に乗るのが。調教師っていうのは、危険な仕事だということを実感しました。

━━函館競馬場でも馬に乗る練習をしてたわけじゃないですか。落馬みたいな危ない経験も少なからずあったかと思うんですけど、その〝怖さ〟とは根本的に違ったってことですか?
高橋:もう、まったく別の生き物でした。函館競馬場の乗馬センターで乗ってた馬は、年齢も重ねてるし、大人しく調教されていたので、ちょっと暴れたりしてもすぐに治まるんです。だけど、競走馬は噛み付いてくるのも普通ですし、こっちを倒しにくるくらいの姿勢なんですよね。若い馬は本当に気性が荒くて、怖かったです。

━━若い頃から速く走るように調教されてると闘争心が強くなるんですかね?
高橋:そういう馬じゃないとレースで勝てないですし、気性が大人しすぎない馬の方が走りますね。

━━それを乗りこなすのが名ジョッキーってことなんですね。実際、素人からすると、ジョッキーのすごさってイマイチわかりにくくて、「結局、馬がすごいんじゃないの?」とか思っちゃうんですけど、今みたいな話を聞くとイメージが変わります。
高橋:レース本番もそうですけど、そこに出て行くまでの期間にも、すごく色々な苦労があって。ジョッキーはレース以外でも調教に携わってますし、その他にも本当にたくさんの人が、かなりの時間をかけて〝勝つこと〟を目指しているんですよ。いかに競馬で走れる馬に仕上げるかという作業を、みんなでやっている感じですね。



━━馬に対して恐怖心が芽生えてしまってからは、牧場を辞めることにしたんですか?
高橋:はい。ただ、周りにも「自分は馬の仕事に就く」って宣言して函館を出てきたので、「怖いから辞める」っていうのがすごくカッコ悪いことに感じていて。だから、「他にやりたいことがあるから辞める」っていう口実みたいなものを探していました。その時に、バーテンダーってのが思い浮かんだんです。

━━何かの影響を受けて思い至ったんですか? それとも直感的に?
高橋:単純でお酒が好きで、牧場の寮でも自分でカクテルとかを作って飲んでたんですよ。
あと、牧場にいた頃には、女の子との出会いもずっとなかったので、どうせならそういう機会がある仕事がいいなと(笑)。

━━不純だけど、ある意味ピュアな動機ですね(笑)。牧場には女性従業員はいなかったんですか?
高橋:いたんですけど、男みたいな女の人ばかりでした(笑)。普通の女の子と話す機会は皆無で、それこそスナックのお姉ちゃんと喋るくらいでしたね。
だから、女の子と話したいとか、モテたいってのも、ひとつの動機でした。バーテンダーって、紳士っぽくてカッコ良いじゃないですか。女性と話す機会も多いだろうし、これはモテるだろうと思って(笑)。そう決心した次の日には、「僕、バーテンダーになりたいので辞めます」って言いに行きました。

━━上司の方とかは、どんな反応でした?
高橋:「もう一年、頑張れ!」って言われましたね。周りの先輩とか、トップの人とかにも。だけど、「本当にバーテンダーになりたい!」っていう姿勢で押し通して、最終的には先輩とかも「それなら、頑張ってやれよ」みたいな感じで送りだしてくれました。





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