元町で天然酵母のパン店『tombolo』を経営する苧坂淳さん。東京や京都で学生生活を送る中で、興味関心に従って様々な経験を重ねてきましたが、なかなか将来の道を決められない時期が続いたといいます。そんな時に思い出したのは、ゼロから仕事を生み出し、自らの生活を作り上げていた陶芸家のお父さんのことでした。就職活動に見切りをつけ、自身も〝物作り〟で生きていこうという決意を固めた苧坂さんは、わずか1年の修行期間を経て独立。地元・函館に戻り、『tombolo』を開業しました。現在は、職人としてパンを焼きつつ、『箱バル不動産』のメンバーとして古民家の再生活動などにも携わっています。
学生時代は「自分がなかった」と語る苧坂さんに、パンを介して人と繋がるという店作りの工夫や、〝コダワリを突き詰めつつ、お金もしっかり稼ぐ〟という暮らしのスタンス、奥さんや娘さんに対するストレートな想いなどについて伺いました。
取材・文章:阿部 光平、撮影:妹尾 佳、イラスト:阿部 麻美 公開日:2016年10月12日
コダワリを貫きながらも、しっかりと稼ぐという説得力
━━もともとは飲食に興味がなかったということですが、苧坂さんはパン作りのどのような部分に魅力を感じたのでしょうか?
苧坂:一番は発酵ですかね。結局、どのタイミングで釜に入れるかという見極めって、発酵のタイミングなんですよ。これ以下でも、これ以上でもなくて、ココだっていうポイントがあるんですね。それって感覚なんですけど。そこがわかるようになってくるのが一番面白いですね。
━━まさに職人の業というか、腕の見せ所なんですね。そういう見極めって、だんだん感覚が掴めてきて、それを毎日やっていく中で新鮮味が失われたり、極端に言ったら飽きてきちゃったりということはないですか?
苧坂:多少はあると思うんですけど、パン作りって季節とか日々の気温差にかなり影響を受けるので、それでこっちも揺さぶられるんですよ。挑発されてるような感じがして。
━━生き物を相手しているような。
苧坂:そうそう。そういう意味で飽きないすね。あとは、毎日違うお客さんが来るじゃないですか。面白い人もいれば、けっこう失礼な人もいたりするんですけど(笑)。そっちでも僕の感情が揺さぶられちゃうんで、1から100まで自分の店だから、全責任もあるし、すべての面白さも自分のものだっていう感覚があって、パンを作って店に立つというのは、トータルで面白いです。
━━飲食業界で働いてる人の中には、「いつか自分の店持ちたい」という夢を持っている人って多いじゃないですか。自分の店を持つことって、ひとつのゴールなのかなと思うんですけど、この先パン屋さんを続けていくにあたって、今はどんな目標を見据えているのでしょう?
苧坂:まずは、技法ですね。今は電気の釜でパンを焼いてるんですけど、それを薪の釜にしたいんです。一応、薪の釜もあって、これで焼くこともあるんですけど、室内にある薪釜ってけっこう大変で、煙がもくもく出るから煤だらけになっちゃうんですよ。子どもらが2階で寝てるので、朝早くから薪釜を使って、一酸化炭素中毒になっちゃっても困るし。
なので、薪釜だけは違う場所に作って、しかも、それを田舎じゃなくて街中に作って、焼いてるところを見せるということをやりたいです。尚且つ、薪でやってるけどtomboloってちゃんと稼いでるじゃんってのを、僕の下の世代にも伝わるようにしたいですね。薪でやってるけど貧乏ってなると、誰も真似したくないと思うんですよ。
━━「カッコイイことやってるけど、食えないんじゃな…」って思う人はいるでしょうね。
苧坂:そうそう。意識があって、カッコイイことしてて、その上でちゃんと食えてるっていう。オシャレもするし、呑みにも行って、ちゃんと稼げるんだっていうのを体現したいですね。
電気を使わないとか、ヒッピーみたいなことではなくて、自分の一番コアな仕事の部分では、そうやって戦う姿勢でいたいなと思います。
━━先ほど、『箱バル不動産』のお話がありましたが、街並み保全や街づくりといった分野にも以前から興味があったんですか?
苧坂:いや、箱バルがきっかけですね。
━━箱バルには、どういうきっかけで参加することになったのでしょう?
苧坂:最初は、メンバーの蒲生寛之くんから「古民家ツアーみたいのをやりたいんですけど、ここも見せてもらえないですか?」って話を受けて。その頃のことは、忙しくて記憶が曖昧なんですけど、気づいたら一緒に『函館移住計画』をやろうかって話になって。そこからですね。去年の夏頃かな。
別に街を盛り上げたいとか大袈裟な気持ちじゃなくて、「それ面白そうじゃん!」ってくらいの感じでしたね。
━━実際、箱バルの活動を始めてから、自分の中で変化ってありますか?
苧坂:ありますねー。東京に行けばあんな映画が観れるとか、京都に行けば面白い建物があるとか、外に面白いものがあるってのは知ってるんですよ。だけど、そういうのを外に求めるんじゃなくて、「今は函館にないだけで、自分達で作っちゃえばいいんじゃない?」って考えるようになりました。
例えば、自分達が普段使いたいカフェとか、ミニシアター系の映画館とか。あとは、コアなレコード屋とか古本屋とか。そういうのって、札幌とか東京に行けばあるんですけど、それがある場所に住むんじゃなくて、「そういう人を函館に呼んで、やってもらおう!」って。その方が面白いんじゃないかなと。
━━もう全然パン屋さんの発想じゃないすね(笑)。
苧坂:そうすね(笑)。だけど、そういうことを実現させたいですねー。
━━今まで色々な土地で生活をしてきて、函館が他の街よりも優れてると感じる部分ってありますか?
苧坂:良いところでも悪いところでもあると思うんですけど、何かをやろうって思った時にプロフェッショナルじゃなくても始められる街だと思います。まだ未熟な時でも受け入れてくれるところがあるというか。
本州の田舎とかってコミュニティーが古くから残ってるから、何かやろうと思っても慣習に囚われてできないってことがあると思うんです。だけど、函館って人が入っては流れ、入っては流れ、通り過ぎてきた街だから、何かに固執するってよりも、何かが来たら受け入れて流して、受け入れて流してっていう土地柄だと思うんですよ。だから、ある種のアマチュアリズムが通用するっていうか。逆にいえば真のプロッフェショナルが育ちにくい土地でもあるとは思うんですけど。
━━新しく何かを始めることに対して、寛容的だし、未熟でもスタートを切れる土地柄だと。
苧坂:もちろん、続けていくためには、プロフェッショナルなものに近づけていく意識は必要だと思いますけどね。