加藤 駿さん(32)
小学生の頃に父親が借りてきた本を見た瞬間に、建築家になることを決めたという加藤駿さん。その夢を叶えるために、建築系の大学、アトリエ設計事務所、ゼネコンとステージを変えながら、地元・函館での独立を目指しています。
建築家をアーティストと捉え、街や人が賑わう社会をデザインしていきたいと語る加藤さんに、月収が10万円に満たなかった建築家見習いの暮らしや、建築が街や人に及ぼす影響、函館の変化の中に見る〝まちづくりの下手さ〟などを伺いました。
取材・文章:阿部 光平、撮影:馬場 雄介、イラスト:阿部 麻美 公開日:2016年10月12日
月収が10万円に満たない建築士見習いの暮らし
━━大学はどちらへ行かれたのですか?
加藤:山口大学っていう国立大学なんですけど、そこの建築学科に入りました。何を勉強するかはわからないけど、とりあえず建築学科に行っておけば、建築家になれるんじゃないかと思って。
建築学科では、設計課題っていうのがあって、いろんな設計をさせられるんですよ。例えば、住宅だったり美術館だったりを、この敷地に建てなさいみたいな課題なんですけど。実際にその場所まで行って、人の流れとか、街がどういう風になってるとか、周りの状況を見て、その中に形を作って、「こういう建築ができたら、こういう風に人の動きが生まれていいよね」みたいなことを先生やみんなの前で講評し合うっていうスタイルで、それが特に面白かったですね。
━━単純に建築的な技術を学ぶというよりも、建築が街に及ぼす影響だとか、そういう勉強をしていたわけですね。
加藤:建築学科の中でもデザインの専攻だったんですけど、学ぶのはほとんど理念的なことなんですよ。それが良いか悪いかっていうのは、あるとは思いますけど。その辺が、最初の話とも繋がってくるんですけど、要するに建築学科ってのは、建築家の養成コースなんですよね。建築家の先生が、設計の授業を受け持つので、自然とそういう教え方になるんだと思いますけど。ちゃんと思想を持って、コンセプトを考えて、建築を建てなさいっていう教育をするので、やっぱりみんな建築家になりたがるんですよ。ただ、100人いて1人が建築家になれるかどうかという世界なので、実際にはほとんどの学生が、ハウスメーカーとかゼネコンへの道を選ぶんです。給料のことを考えても、そっちの方が安定しているので。
そんな中で、僕はすごく単純だったので、面白いし、やっぱり建築家になりたいと思って、最初の就職先としては、東京のアトリエ設計事務所を選びました。建築業界の中では、建築家志望の場合は、アトリエ系事務所に行って、そこから独立するっていうパターンが多いんですよ。でも、やっぱり金銭的には厳しくて、月に10万円ももらえないみたいな状況でしたね。アトリエ系に入るのって、漫画家のアシスタントみたいな感じというか、「勉強させてもらいます」みたいな立場なので待遇はよくないんです。
━━先ほど、建築家をアーティストに喩えたお話がありましたが、〝食べていく〟という面でも険しい道のりなんですね。ちなみに、山口の大学を選んだことには、何か理由があたったんですか?
加藤:できるだけ南の方に行きたいって気持ちがあったんです。本州に行くと、瓦の屋根とか函館では見たことがないものがたくさんあるだろうし。「これまでとなるべく違う環境に行ってみたい」という思いで、本州の端っこの県まで行きました。
━━なるべく函館とは異なる環境、文化圏に身を置きたかったと。実際に、山口で暮らしてみた感想はどうでしたか?
加藤:ビックリしたのは、民家の庭先にミカンがなってるんですよ(笑)。函館ではそんなの見たことがなかったので驚きました。街の雰囲気も、特に古い街では函館とは全然違うので、すごく面白かったです。
あとは、人の性格とかも函館とは全然違いました。地元から離れて、いろんな人に会ったり、これまでとは違うものを見て、函館のことを客観的に見れたってのはありましたね。
━━大学院を卒業後はアトリエ設計事務所に入って、東京で暮らし始めたとのことですが、10万円に満たない給料で生活していくってけっこう大変じゃないですか。
加藤:めっちゃ大変でしたよ(笑)。その時はもう親からお金を借りて、なんとか食いつなぐって生活でしたね。
━━仕事に関しては、充実していましたか?
加藤:充実はしてなかったと思います。建築学科を出たといっても、学生あがりでできることって、ほとんどないんですよね。大学では、理念的なことしか勉強してなかったし。
仕事としては模型を作ることが多かったです。アトリエ系の事務所ってめちゃくちゃ模型作るところが多くて、ひとつの住宅に対して100個とか作ったりするんですよ。今になって思うと、「それ事業としてどうなの?」って思うんですけどね(笑)。
━━業界全体が、そういう体質なんですかね。
加藤:最近は、良くなってきたっていうのは聞きますけど、そういう体質は、依然としてあると思います。
━━そこから、内装デザインなどを請け負う会社に転職したきっかけは何だったんですか?
加藤:やりたいことと、実際の生活とのバランスを考えて働いた方がいいなって思ったんです。それまでは、「やりたいことができればお金は関係ない」みたいな感じだったので。それともうひとつは、独立するためには、資格とかもあった方がいいなと思って。それで、働きながら資格の勉強をして、一級建築士の資格を取ったんです。
━━なるほど。一級建築士って、どんな資格なんですか? それがあるのとないのとでは、何が違ってくるのでしょう?
加藤:建築士の資格は、一級とか二級とか持っている資格によって、建てられる建築の規模が違うんですが、実際それは、独立して事務所を開業したときに必要なもので、今のところは〝箔〟みたいなものですね。持ってなくても建築家としてやってる人はいるし。でも、持っていることで信用度も違ってくるので。それを取った後で、ゼネコンに転職しました。