函館を離れて約20年。初めて故郷に帰れないという状況に立たされている。
 
5年前にIN&OUTをはじめてからは、取材やイベント登壇、家族の用事などを含め2、3ヶ月に一度は函館に帰る生活をしていた。それが突然現れたコロナウイルスによって 阻まれててしまったのだ。
3月と4月に函館で開催予定だったイベントも延期となり、収束が見えない中では再開の目処も立たない。離れていても身近に感じていた故郷が、急に遠い存在になってしまった。
 
北海道に緊急事態宣言が出てすぐの3月上旬。箱バル不動産の蒲生寛之から電話がきた。特に用事があったわけではなく、「元気にしてた?」「そっちはどんな状況?」といった感じでお互いの近況報告をした。
彼は函館の旧市街にあたる西部地区で『SMALL TOWN HOSTEL』という小さな宿を経営している。緊急事態宣言によって観光客がいなくなった函館の経済的打撃は大きく、それはSMALL TOWN HOSTELにとっても例外ではなかった。
 
宿は外から来た人を受け入れる施設であり、旅行者と街を繋ぐ拠点になる場所だ。しかし、今は、これまでのように自由に旅行をしたり、気軽に人と会うことはできない。そうなったとき、宿は存在意義を失ってしまうのだろうか?
 
そこには、様々な分断が進む世界を生きていく上での大きなヒントが隠されている気がした。
 
函館の内側と外側から街を見つめてきたIN&OUTと、函館の内側と外側を繋いできたSMALL TOWN HOSTEL。街と街、人と人が分断されつつある今、僕たちはこの状況をどう乗り越えていけるだろうか。
 
そんなことをじっくり考えたいなと思い、改めて蒲生と2人で話をした。
 
取材・文:阿部 光平、Webデザイン:馬場雄介、写真提供:箱バル不動産   公開日:2020年5月27日 
 
 
※この取材は4月30日におこないました。
 


 
 
 
 

今ある街の姿は、明日には変わってしまうかもしれない

 
 

 
―おー、Zoomで話すの初だね(笑)。元気にしてた?
 
蒲生:なんとかやってたよ(笑)。いやいや、大変なことになったね。コロナウイルス。
 
―ねー。俺も仕事なくなったり、函館で予定してたイベントが延期になったりしてるわ。東京はかなりピリピリしてるけど、函館はどう?
 
蒲生:2月に北海道で緊急事態宣言が出たときは、けっこうピリピリしてたね。今は、その緊張感にちょっと慣れてきてる感じかも。
 
―そっか、そっか。今日はコロナの影響で移動や人に会うことが難しくなった中で、「この先、どうしていこうか?」みたいな話ができたらなと思って。
 
蒲生:うん、うん。
 
―まずさ、最近公開されたSMALL TOWN HOSTELの映像を見たんだけど、めちゃくちゃよかったわ。改めて、函館って日常が美しい街だなと思った。
 

 
―あれって、コロナの前に撮影した映像だよね。どういう経緯ではじまったプロジェクトだったの?
 
蒲生:あれはね、2019年の秋から撮りはじめたんだよね。最初はSMALL TOWN HOSTELのプロモーションとして企画したんだわ。うちは街歩きの拠点として使ってもらいたい宿だから、自分たちが好きな函館の風景を具体的に見てもらえるようにしたいなと思って。
そういう映像を作りたいって想いは宿がオープンしてからずっとあったんだよね。だけど、普段の業務があるからなかなか難しくて…。
 
―片手間で作れるものじゃないもんね。
 
蒲生:そうそう。そうやって忙しくしているうちに、SMALL TOWN HOSTELと同じ建物に入居していた『She told me』ってお店が閉店することになっちゃったんだよ。2019年の夏に。
それと同じくらいの時期に、他にもよく行ってたお店がなくなったり、仲のよかった人たちが函館を出ていくことになったりしてさ。そういうのが怖いくらい続いて…。
 
―うん、うん。
 
蒲生:そういうことがあって、「あのときに撮りたかった映像は、もう撮れないんだ…」って思ったんだよね。自分たちが大好きで、すごく自信を持ってお客さんにオススメしてたお店も、ずっと続くとは限らないんだなって。
極端な話、「今の街の姿が来月も残ってる保証はない」ってことを突きつけられたんだよ。
 

 
蒲生:そんなことを思ってたときに、『She told me』の小野寺さんが、お店をやめてから映像の仕事をはじめたって話を聞いてさ。それで、SMALL TOWN HOSTELがある西部地区の魅力を伝える動画を撮りたいってお願いしたの。もう「いつか」とか言ってられないなと思って。
小野寺さんならきっと、自分が撮りたい街のイメージをわかってくれると思ったからさ。
 
―じゃあ、プロモーションって意味と、記録として今の街の姿を残しておこうって意味があったんだね。
 
蒲生:そうそう。それで、雪が降ってからだと撮影が大変だってことで、11月くらいから撮影がはじまったんだよね。
 
―何度か見たけど、「やっぱいい街だなぁ、函館」って思ったよ。
 
蒲生:でしょ(笑)。何を撮るかっていうのは、すぐ決まったんだ。撮りたいものは、ずっと頭の中にあったからさ。
ただ、今みたいな状況になると、プロモーションとか記録とかいうより、「取り戻したい日常」みたいに見えてくるんだよね。
 
 
 
誰のものでもない街で、自分の理想を実現するために
 
 
 

 
―蒲生が映像に残したいと思った西部地区の魅力って、具体的にはどういうところなの?
 
蒲生:西部地区って、外から来る人にとっても、市内の人にとっても、やっぱり観光地ってイメージが強いと思うんだ。だけど、俺は中学生のときに西部地区へ引っ越してきて、それまでとは見え方が変わったんだよね。「暮らす」という視点での街のよさが見えてきたというか。
西部地区は海に囲まれた函館山の麓にあって、坂に沿って街が形成されてるんだけど、その地形がまずかっこいいんだよ。あとは、路面電車が走るスピード感とか、オレンジ色に光る街灯とか、日常的に心地のいい景色が目に入ってくるのが普遍的な魅力だと思う。人も車も多くないから落ち着くし(笑)。
 
―地形のかっこよさは、あの映像を見て改めて感じたわ。惚れ惚れするね。
 
蒲生:それと、同じように西部地区の景色が好きで、ここで小さなお店を開いている人のところに買い物しに行って、「調子どう?」とか「ちょっと聞いてよー」みたいな何気ない会話ができるのも豊かなライフスタイルだなと思ってる。だから、そういう日常の風景を映像に残したいなって。
 

 
蒲生:西部地区の魅力は観光だけじゃないってことを外の人にも中の人にも知ってもらいたいから、そういう街の姿を発信していこうと思ったんだよね。知ってもらうことは、日常が魅力的な街になることにも繋がっていくと思うから。
 
―知ってもらうことが、魅力的な街になることにも繋がっていく? どういうこと?
 
蒲生:ここ数年はさ、全国各地で地方創生とかまちづくり的なことが盛んに行われてきたじゃん。だけど、例えば「街を活性化したい」って言ってる人が10人いたとしたら、その言葉の先にある具体的なイメージってみんな違うと思うんだよね。
 
―そうだね。一言で「活性化」と言っても解釈が広いもんね。
 

 
蒲生:西部地区でも、「古い建物を大事にしましょう」って考えがあっても、そのアプローチは人によって違うわけ。個人的には視覚的にかっこよく残したいって気持ちがあるんだけど、やっぱり住む場所だから断熱性能の問題も無視できないし。
しかも、それって自分たちもいろんな経験をしながら、ちょっとずつ考え方が変わっていってるんだよね。
 
―要するに、明確な正解がないと。
 
蒲生:そうそう。前にさ、「西部地区をどういう街にしたいんですか?」って聞かれたことがあって。だけど、一言では答えられなかったんだよね。いっつも考えてたはずなのに。
「こういうふうにしたい」っていうのはいろいろあるんだけど、「これだ!」と思ったら、また「ちょっと違うかな?」って思い直すことの繰り返しで…。だけど、それを映像で表現したらしっくりきたんだよ。
 
―じゃあ、あの映像に映ってたのが、蒲生が理想とする街の姿ってことなんだ。
 
蒲生:そう。ああいうライフスタイルのよさを共感できる人が、またこの場所で新しい世界を作りはじめたら、少なくとも自分にとっては街がもっと楽しくなっていくんじゃないかなって。
だから、知ってもらうことは、日常が魅力的な街になることに繋がっていくと思ってるんだよね。
 

 
―なるほど。だけど、そこにもやっぱり「10人いたら10人の理想がある」って壁が立ちはだかるわけじゃない。理想の違いでぶつかることもあると思うけど、そことはどう向き合っていくの?
 
蒲生:そこは正直、なかなかわかり合えないと思う。でも、街って誰かのものじゃないからさ。俺がこうしたいって思っても、その通りになるものでもなければ、「自分の思い通りにしたいのか?」って問われると、どうなのかなってところも正直ある。特定の個人の思い通りになってる街なんて恐ろしいし。
その上で、「自分は、こういう街で暮らしたい」っていう想いは確実にあるからさ。そのためには、自分が感じている魅力をわかりやすく伝えて、共感者を増やしていかなきゃいけないと思うんだよね。場合によっては「そんな街にはしないでくれ」って声をあげる必要もあるだろうし。
 
―街は自分のものじゃないけど、住みたい街は自分の中にある。そこは、ちょっとジレンマだね。
 
蒲生:そうかもね。意見が違ったとしても、住んでる人それぞれが理想を追求できるのが一番いいと思うんだけど。
 
 
 
街全体で稼いでいくために、旅行の拠点となる宿を作る
 
 
 

 
―「観光だけじゃない西部地区の魅力を伝える」って考えたときに、宿の役割ってどんなことになるんだろう?
 
蒲生:宿の役割は本当に地道なんだけど、来てくれた人にあの映像のような世界を体感してもらえるよう、対面で案内していくことだと思ってて。
函館観光の王道コースって、けっこう西部地区に集まってるじゃん。でも、ガイドブックに載ってる場所へ行って、それを確認するだけの旅行だと、1回でお腹いっぱいになっちゃうと思うんだよね。
 
―答え合わせみたいな旅行じゃ、飽きられちゃう。
 
蒲生:そうそう。でもさ、自分が旅行に行くときは、その土地で暮らす人に会いに行って、その人が大事にしてるものを見せてもらう方が断然面白いし、「また行こう」って気持ちになるんだよね。そうやって人に会いに行く旅行を、函館で提案するのがSMALL TOWN HOSTELの役割かなと思ってる。
 

 
蒲生:俺らがお客さんに紹介するのって、あの映像に出てくるような小さいお店がほとんどなんだよ。そこでの体験を面白がってもらって、経済が回っていけば、自分が好きなお店も続いていく。そういうかたちが理想だなって。
うちは『日本まちやど協会』に加入してるんだけど、そこは宿泊業のことを「まちぐるみで宿泊客をもてなすことで、地域価値を向上させていく事業」と捉えてるんだよね。あとは、デンマークのコペンハーゲン市が提唱してるように、旅行者を一時的市民として迎え入れて地域の日常を楽しんでもらおうって。
 
―一時的市民かぁ。なるほどね。
 
蒲生:商売としての考え方としては、「街全体で稼いでいくために、その拠点となる宿を作りましょう」ってことなんだけど。
 
―つまり、役割としては単なる宿泊施設じゃないってことだよね。
 
蒲生:そう。むしろ、俺らは手段として宿泊施設を選んだって感じだね。外から来る人の入り口としての役割を担うことで、対面で街案内をしようと。
というのも、あの映像で紹介したような場所って、ネット検索だけだとなかなか辿り着けないコースだったりするんだよね。
 
―それこそガイドブックやネット記事では紹介されてないところだから。
 
蒲生:そうそう。俺らも「地域のお店を紹介するページをウェブで作っちゃえばいいんじゃない?」って言われて、そうかもなって思ったこともあったんだけど、やっぱり対人でやる価値を見出した瞬間があって。
 
―おぉ、聞きたいそれ。
 

 
蒲生:宿ではオススメの場所を紹介して、ゲストを送り出すんだけど、その後でもう一回会えることって少なくないんだよ。フロントが閉まる前にお客さんが帰ってきたり、翌朝チェックアウトする前に会えたりとかさ。
そのときに「昨日どこ行ったんですか?」って聞いて、「いやぁ、あそこすごくよかったです!」って話を聞いたり、「行った先でまた素敵なお店を教えてもらって、そこも美味しくて」みたいな会話をリアルな場でして、共感できる価値ってすごいなと思ったのよ。
 
―相手が街を好きになってくれた実感が得られたんだ。
 
蒲生:そうなのよ。それは、SNSの「いいね数」じゃ測れないし、無人のネット情報では実感できない価値が発生してるなぁと思って。
 
―確かにそれは対面だからこそ得られる手応えかもしれないね。
 
蒲生:そういうやりとりは、自分たちのモチベーションや運営のヒントになるんだよね。
そうやって来てくれたお客さんが、「絶対また来るね」とか「友達に紹介しとく」とか言ってくれることもあって、その場だけで終わらないことも多いんだよ。たった一度の出会いが、次に繋がっていくっていうかさ。実際、「ここに泊まった友達から教えてもらいました」って来てくれるお客さんもいるんだよね。
 
―それは嬉しいねぇ。
 
蒲生:これって、すごく属人的なシステムだから、単体のビジネス展開は簡単じゃないんだろうけど。でも、そうやって街を気に入ってくれた人がまた来てくれたり、移住してきてくれたりして、街全体の収入を高める役割を宿は担えると思うんだよね。
 
―なるほどなー。そんな中で、コロナですよ。
 
蒲生:いやぁ、そうなんですよ(笑)。