来られなくても街を知ってもらう「オンライン宿泊」
―今の話にあったように、やっぱり対面っていうのが宿の面白さだと思うんだけど、コロナの影響で人と人が会うのが難しくなってきたじゃん。
今まではみんな「どうやってお客さんに来てもらうか」を考えていたけど、それが物理的にできなくなって、別のやり方を模索しなきゃいけなくなった。「with コロナ」という言葉も使われるようになってきてるけど、そのあたりSMALL TOWN HOSTELとしては、どう捉えてる?
蒲生:えーっと…。現状はちょっとね、一筋の光を見出せてるところがあって。
―おぉ!
蒲生:いや、ちょっと前までは「これ、マジで終わりかな…」って思ってたんだけどさ(笑)。でもね、実はちょっと前から、いろいろと変えなきゃいけないかもなっていうのは考えてて。
函館もそうなんだけど、今建設ラッシュで各地にどんどんホテルが建てられてるんだよ。それによって宿泊単価がどんどん下がってる状況だったから、俺らみたいな小さい宿は大手のホテルができないことに特化していくしか生き残る道はないなって思ってたの。
―価値の差別化を図るために。
蒲生:うん。それで、「何のために宿をはじめたのか?」ってところに立ち返ると、「来る人に街を好きになってもらいたい」ってことだから、極端な話、「寝床もいらないんじゃないか?」みたいなことも考えたりして。
別のホテルに宿泊してても、接点さえ作れれば街を好きになってもらえる取り組みができるんじゃないかなって。
―それは、宿と宿泊者という関係じゃなくても、街を好きになってもらう取り組みができるんじゃないかってこと?
蒲生:そうそう。だけど、自分たちも稼がなきゃいけないから、「街の魅力を伝えるっていうアクションを、どうマネタイズするか?」って考えて選択肢にあがったのが宿だったんだよ。
でも、コロナの影響で旅行自体が難しくなったから、どうしようって考えてたんだよね。
蒲生:そんなときに、小規模な宿を運営しているオーナーたちが集まるZoomミーティングがあって、そこで「オンライン宿泊」なるものを知ったんだよ。
―オンライン宿泊? 何それ?
蒲生:俺も最初はそう思った(笑)。だけど、詳しく聞いてみたらすごくいいアイディアで、その場にいる宿オーナーたちが「うちもやってみようかな?」ってなったんだよね。
―へぇ、どういうアイディアなの?
蒲生:簡単に言うと、小さな宿のオーナーが提供する参加型旅番組みたいな感じなんだよね。予約制で、実際の宿泊の流れをオンラインでそのままやるの。
例えば、定員を6人として、予約が埋まったら「今日は満床です」ってことにする。で、Zoomで来てもらってチェックインして、そこから宿で通常繰り広げられるような会話がはじまるんだって。「みなさん、どこから来たんですか?」みたいな。
―確かにゲストハウスに泊まると、宿の人とそういう会話するね。ゲストハウスには、そういう距離感を求めてるところもあるし。
蒲生:そうそう。だから、これはきっと小さい宿ならではの取り組みだと思う。SMALL TOWN HOSTELとも相性はよさそうだなと思って。
オンラインだからこその面白さもあってさ。あらかじめ参加者の人たちが暮らしている街をGoogle Mapにピン打ちしておいて、「こんな街なんですね」ってお互いの自己紹介をしたりするんだって。そうやって、お客さん同士の関係性も築かれていくっていうのもいいなと思って。
―それもゲストハウスっぽいねー。
蒲生:それをはじめたのが和歌山にある『Why kumano』って宿なんだけど、自分でも1回体験したいなと思って、実は明日泊まりに行くんだわ。もう「泊まりに行く」って言っちゃってるけど(笑)。
―気持ちはもう宿泊なんだ(笑)。
蒲生:そうそう(笑)。それがまず楽しみなんだけど、オンライン宿泊に来てくれたお客さんって、ほとんどが「次は実際に行きます」って言ってくれるんだって。
―あぁ、その気持ちはわかるな。宿を見たり、オーナーと話したりしたら、実際に行きたくなるもん。
蒲生:関係性がオンラインだけでは完結しないっていうさ。だから、コロナが収束してからもオンライン宿泊は続けるって言ってて。
今、制限がある中でもしっかりと毎日収入を得ていて、オフラインの営業が再開したときに、改めてお客さんを迎え入れられるようになったら最高だよね。
蒲生:他にもゲストを呼んでイベントやったりとかさ。そうやってオンラインを活用するっていうのは、コロナ前にもできたはずのことなんだけど、ちゃんとやってみようと思うきっかけになったんだ。
お客さんもオンラインで会話する機会が増えてきてるから、あまり抵抗なく参加できるようになってるだろうし。
―確かに、これまでと比べてオンラインで話すことのハードルは一気に下がったよね。
蒲生:そういうことを考えたらさ、今回の映像もいいタイミングで作れたのかなって思うんだよ。今は、みんないつも以上に画面を見てるじゃん。そういうときだからこそ、ネットを使って街や宿に興味を持ってくれる人を増やすアクションは大事だなって。
他にも、映像を見てくれた人が興味を持ってくれた店とか、話してみたい人とかがいたら、俺らができる範囲で届けるとかね。そうやってできることはまだまだあるから、今は「来られなくても届けられる現地」を体感してもらう方法を考えようと思ってるよ。
―それはまさに「宿泊じゃなくても街を紹介できる」っていう話に通じる取り組みだなぁ。
想いを寄せている人の範囲まで街を拡張して考える
―SMALL TOWN HOSTELでは、宿泊の前売り券も販売してるよね?
蒲生:してる。だけど、これをやるのはすごく悩んでさ。先行きが見えない中で、「いつか来てください」って約束をする難しさがあって。
―3月頃は、「ここ1、2ヶ月をなんとか乗り切ろう」みたいな空気だったけど、今は長期化するって見方に変わってきてるもんね。
その中で、飲食店なんかでも前売り券の販売をしてるけど、数ヶ月後もちゃんと営業できてるのかっていう議論はされてるね。果たして未来の保証をできるのだろうかって。
蒲生:俺も、当然そこは考えたところでさ。それでもやろうと思ったのは、「SMALL TOWN HOSTELが残って欲しい」とか「また泊まりに行きたい」って言ってくれる人がいたからなんだよね。
そうやって想いを寄せてくれる人が、「何かしたくてもできない」ってケースもあるのかなって。そのために、窓口はあった方がいいんじゃないかと思ったんだ。
―俺も好きなお店に何か支援をしたいけど、窓口がなくてもどかしさを感じたことはあったな。何もできないまま、好きな店がなくなったら悔やんでも悔やみきれないなって。
蒲生:だけどさ、前売り券を買ってもらったお金って、やっぱり手がつけられないよ。正直、いつコロナが収束するかわからないし、数ヶ月後とかに「宿がなくなっちゃいました。あのときのチケットは払い戻しできません」っていうのはすごく不義理な話じゃない。
だから、前売りで買ってもらったのは、モチベーションだって思うようにしてる。「自分たちを必要としてくれてる人がいるんだ」って実感できたから。
―金銭的なサポートってよりも、気持ちの支えになってるんだね。
蒲生:そうだね。そっちのほうが強いかな。
―俺もさ、2月に北海道で緊急事態宣言が出たときに、まず「友達の店はどうしてるかな」っていうのが気になったんだよね。それで西部地区にあるtomboloがパンの通販をやってたから買ったの。そういう窓口があったのは、すごくよかったなと思ったんだ。好きな店のパンが東京でも食べられるし、離れてても経済活動に参加できるし。
それでさ、tomboloのパンが届いたっていうのを写真と一緒にツイートしたら、いっぱい反応があったんだよ。「函館に住んでた頃、よく食べてました。ネットで買えるの嬉しい!」とか「前に函館へ行ったとき定休日だったので、買ってみます!」とかって。
蒲生:それ、tomboloの淳くんが言ってたわ。「なんかネットの注文入るなと思ったら、阿部くんがSNSにあげてくれてたみたいで」って(笑)。
―それは当然tomboloのパンの魅力ありきなんだけど、そのときに思ったのは「街の外にも函館が好きな人っているんだな」ってことだったんだよね。
出身者や旅行で行ったことのある人が、ネットを通じて街や店のことを思い出したり、あるいは新たに出会ったりして経済活動に参加するってことがあるんだなって。だったら、そういう人たちの範囲まで街を拡張して考えてもいいんじゃないかなって思ったんだよ。
蒲生:はい、はい。
―俺も言われたことがあるんだけど、「街を出ていった人間は敵だ」みたいな見方もあるじゃん。だけど、街を出ても故郷に想いを寄せている人や、住んだことなくても函館のことが好きって人はたくさんいるんだよ。実際、俺もそういう人と何人も会ってきたし。
街の経済活動って、どうしても内側で発生する消費だけで考えがちだけど、来られなくても接点を求めてる人ってけっこういるんじゃないかなって思うんだよね。
蒲生:その内と外の距離感みたいなのって、俺らも阿部くんたちもずっと考えてきたテーマじゃない。でさ、街って結局は住人の一人一人が作ってるわけでしょ。それの一番わかりやすいかたちが、お店だと思うんだよね。
だから、外からの人を迎え入れている俺らとしては、街に根を下ろしてやってるお店に足を運んでもらいたいと思ってるわけ。っていうか、そういうお店がなくなったら、お客さんに紹介できるところがないから、SMALL TOWN HOSTELは成立しないんだよ。
―街の魅力を伝えるために作られた宿だからね。
蒲生:そう。だから、地元のマーケットの中だけで十分に成り立つお店もあるけど、さっき言ったようなさ、函館出身者とか、ちょっとでも当事者意識がある人は、住んでなくても心強い味方だと思うんだよね。
蒲生:函館ってさ、実は陸の孤島だと思ってて。だって、本州だったら車で1、2時間走ったら大きな街があって、商圏ターゲットが広がるじゃん。
でも、函館って隣の都市まで行くのに、札幌だって車で5、6時間かかるわけだから。東京も飛行機で1時間だったら近いって思ってたけど、飛行機に乗るっていう心理的な遠さがやっぱりあるんだよね。
―そうだねー。
蒲生:そういう意味で、函館は「どこからも遠い街」だなって思うんだよ。そう考えると、これからどんどん人口が減っていく中で、個人店なんかは厳しい状況に立たされることになる。
それって、その土地で生まれる文化の芽を摘み取ることにもなりかねないと思うんだよね。そしたらさ、やっぱり街としての面白さは失われていくじゃん。
―便利で安いチェーン店ばかりになっていって。
蒲生:そう。だから、俺らがやるべきなのは、個性を大切にしてやってるお店に、「この街で続けたい」って思ってもらうための取り組みだと思うんだよ。
そのためには、やっぱりお客さんの力が必要だからさ。住んでるとか、住んでないと関係なく、興味を持ってくれる人を増やすことが肝心なんじゃないかなって。
蒲生:それにさ、街を出ていった人たちって、すごく貴重な函館の営業マンだと思うんだよね。街の外で函館のことを魅力的に語ってくれれば、行ってみたいと思う人が増えるはずだから。
だから、あの映像は少しでも函館に当事者意識を持っている人にはマジで見てもらいたいんだよ。
―故郷がああいうふうに見えるっていうのは、出身者としても誇らしいと思うよ。
蒲生:そう思ってもらえたら大成功なんだけどね。
分断が進む内側と外側を繋ぎ止められるのは宿なのか?
―函館って観光の街じゃない。で、今回コロナの影響でまずインバウンドのお客さんが来なくなって、徐々に国内の移動も制限がかかるようになり、観光客がいなくなった。ゴールデンウィーク中も「今は函館に来ないでください」みたいな宣言を出さざるを得ない状況になってさ。
それに伴って、市外ナンバーの車に対する嫌がらせがあったりして、徐々に分断が大きくなってきてる感じがするんだよ。その辺は、住んでる立場からしてどう見えてる?
蒲生:たぶん、今言った通りだと思う。あとはみんな家にいて、SNSで情報の収集と発信をする機会が増えてるじゃない。それを見てると、本来は言い争わなくてもいい人たちまで、ちょっとした意見の食い違いで分断されちゃってるのを感じるね。
―俺の立場からすると、今までは2、3ヶ月に1回くらい函館に帰ってたんだけど、気軽に行き来できなくなったという変化があって。
蒲生:あー、そうだよね。
―それがけっこう精神的なダメージとしてあるんだよね。物理的に行けないわけじゃないけど、行っても迷惑かけちゃうって状況が。
きっと今後は都市から地方に移住する人も増えていくと思うんだけど、そのときもコロナは人々を分断することになるんだろうなとも思って。受け入れる側はもちろんシリアスになるし、移住者側もしばらくは白い目で見られることを覚悟しなきゃならないから。
蒲生:でも、これって冷静に考えれば全国的な話じゃない。確かに東京の方が感染者は多いけど、そもそも交通は1度も止まってないわけだから。どこにいても同じリスクはあると思うけどね。
蒲生:宿オーナーたちとのミーティングでも話が出てたけど、「あんたのとこ、また外から人を受け入れてるのかい」って苦情がきた宿もあるらしくてさ。
結局は、明確なガイドラインがないからみんな困っちゃうんだよね。例えばだけど、「外から来た人は2週間隔離生活をして、マスク着用の上で街に出てください」とか。そういう基準がないのも分断を助長してると思うな。
―そうだねー。個々で危機管理は続けるにせよ、客観的なデータに基づいたガイドラインがないと経済活動も再開しにくいよね。
蒲生:SMALL TOWN HOSTELも自粛明けには、どういう対応をするのか示さなきゃいけないから考えるよね。ゲストの人も、街の人も安心して過ごせる旅を実現するにはどうしたらいいかって。
―こんなこと言うのは身勝手だけど、外側の人と内側の人がどうやって関係性を取り戻すかって、もしかするとSMALL TOWN HOSTELみたいな宿が切り拓く道かもしれないね。
蒲生:もともと外から来てくれるゲストと街を繋ぐのが役割だからね。
―なんか基本に立ち返るというかさ、さっき蒲生も言ってたけどコロナの影響で遅かれ早かれ考えなきゃいけなかったことに直面してる感覚はあるよね。今。
蒲生:あるある。
―だから、これまでやってきたことを棚卸しして、見直すにはいい機会だなって。このインタビューも、そうだけど。
蒲生:いい機会にでもしないともったいないよね。今までは当たり前にあったけど失われてしまったものとか、テクノロジーの進化やグローバル化に囚われすぎて見落としていたもの、そういうのを、もう一度探しはじめるにはいい機会だなと思う。
―まだないものを探しにいくのではなく、既にあるものを再発見する機会ね。それは確かに、いつかはやろうと思ってたけど、コロナによって待ったなしの状況に押し上げられたことかもなぁ。
蒲生:今の時代を生きる自分たちは、人間本来の姿から遠く離れたところまで旅してきちゃったと思うんだよ。だから、これからは自分たちの足元を見つめるっていうかさ。自分の国の、自分の街の、自分の近所にある知らないことを掘り下げるのが、新しい旅のかたちになるかもしれないなと思ってるよ。
―きっと、そうやって探り当てたものが、新しい地域性として育っていくんだろうなぁ。
蒲生:そう考えると、SMALL TOWN HOSTELは外から来る人に対してはもちろんだけど、近くで暮らしている人たちにも面白いと思ってもらえる地域の価値を創造していけるんじゃないかな。
―まさに内側と外側を繋ぐ役目だね。SMALL TOWN HOSTELが直面している課題は、観光都市である函館が直面している課題と似ているような気がする。
蒲生:そうかもしれないね。分断が進んだ先に、生き残っていく道はないから。
取材を終えて
「TOKYO」 2020.05.02 photographed by Yusuke baba(Beyond the Lenz)
思えば函館を離れて20年近く、僕は故郷と自分の距離について考え続けてきた。
IN&OUTをはじめてからはたくさんの人が協力してくれて、ポジティブな反応もたくさんもらった。僕自身も、やってきて本当によかったと思っている。
一方で、「住んでもないのに、函館のことを語るな!」とか「税金も落としてないくせに偉そうだ!」と言われたことも一度や二度ではない。
確かに、地元出身者というのは曖昧な立場だ。外からの視点で街について語ることに、住んでいる人が文句を言いたくなる気持ちもわかる。
だけど、ちょっと待ってほしい。街に住んでいない人間は、部外者として遠くから見ていることしか許されないのか?
出身者と移住者、住んでいる人と住んでいない人、そういう違いはすべて分断を引き起こす可能性を持っている。きっとコロナ以前から分断のタネは静かに存在していたのだろう。
そうした違いを根本から取り除くことはできない。だけど、お互いの違いは敵対する理由にはならないはずだ。そのことは、今から約160年前に開港し、多種多様な文化や価値観を受け入れてきた函館の姿が雄弁に物語っている。この街は、そうやって多様性を育んできたのだ。
函館に生まれた人、出ていった人、移住してきた人、遠くから想いを寄せる人。いつの時代も、そうやって様々な接点を持つ人たちによって街は形成されているのではないだろうか。
そう考えると、蒲生が言った「街は誰かのものではない」という言葉は、分断を乗り越える前向きな希望のようにも聞こえてくる。
僕は街を変えたいわけではない。ただ、望む人すべてが、個々の距離感で街と付き合えるようになったらいいなと思っている。分断に阻まれることなく、自由に生きていくために。