函館を離れて、函館の未来を考える
  函館市役所職員が語る本音と役割

沼田伸之輔さん(31)
 職業:函館市職員
出身地:函館
現住所:函館
 函館→群馬→函館→東京

 
 
民間企業から函館市役所に転職し、出向先の国土交通省で空港関係の業務を担当している沼田伸之輔さん。地元であり職場でもある函館を離れ、2年間に渡って国の行政機関で〝国と市の関係性〟を学ぶ中で、たくさんの課題や可能性が見えてきたといいます。
2017年の4月からは函館市役所に戻られていますが、その直前に東京・霞ヶ関でインタビューを実施。国と自治体という2つの立場から見た函館や、人口減に伴う税収問題に直面している市役所の実態、市役所に求められる〝ルールを変える〟という役割などについて伺いました。

 
取材・文章:阿部 光平、撮影:馬場 雄介、イラスト:阿部 麻美 公開日:2017年5月21日

 
 

 
 
 
 
 

街の活性化に取り組む市役所のジレンマと課題

 
 
━━春には函館市役所に戻るということですが、向こうではどんな業務に取り組みたいですか?
沼田:もともと市役所に入る前から、将来的に函館市のためになる、何か街の発展に繋がるような仕事をしたいという想いがあったんです。今の自分に何ができるかは模索中なんですけど、東京でいろんな人に出会えたので、そういう方々と一緒になって何か函館を盛り上げていくような仕事ができたらいいなとは思っています。街を元気にしたいということで、市内の経済だったり、函館にお客さんを呼ぶ観光だったり、そういうところに関することはやっていきたいですね。
今の函館って、歩いていて元気がないなって感じることがあるんです。歩いている人自体が少ないですし。それがなぜなのかなというのをもっと考えていきたいなと。それって仕事として考えると市役所ができることは少ないけど、そうじゃなくて自分個人として起こせるアクションはあるのかなと思っていて。
 
━━市役所にできることと、できないことの線引きってどこなんですか?
沼田:役所にできるのは、〝ルールを変えること〟です。
市がダメっていってるからできないことって、けっこう多いんですよね。「この建物で、こういうことしちゃダメ」とか「こういうことはルール違反になるので禁止です」とかって。そのルールをちょっと変えるだけで、できるようになることってたくさんあると思うんです。そういうことは、市役所じゃなきゃできないことかなと。
逆に市役所ができないのは、特定の商売に肩入れしたり、市役所自体が儲けることですね。利益を求める団体ではないので、市役所が何かを売るっていうのはもちろんダメですし。ただし、税金を集めるというのは市役所の役目のひとつでもあります。
 
━━市役所の働きかけや努力で税収を増やすって、どんな方法があるんですか?
沼田:税金で一番大きいのは住民税なんです。個人も法人もあるので。あとは固定資産税。この2つが、かなり大きなウエイトを占めています。
住民税に関しては、みなさんの所得がよくなれば増えるんです。そのために何ができるかといえば、商業を盛り上げたり、企業を誘致するなどして、多くの商売が上手くいくような環境を整えること。観光客相手であれば、お客さんをたくさん呼ぶ努力をするのもひとつです。
固定資産税に関しては、街の価値をどんどん高めていくという方向性が考えられます。東京ってめちゃくちゃ地価が高いじゃないですか。東京みたいに地価が高い街は、当然そこにかかる税金が高くなるので、固定資産税収入が増えます。それってただ単に大家さんとか地主さんの税金が高くなるだけじゃなくて、そこで高い賃料で貸しだすことで、貸し手にとっての収益になるので、そうやって街自体の価値を高めていくと。そうして、その街に住みたいとか、店を開きたいと思わせるような空気を作っていくというのがひとつの方向性ですね。
 
━━函館って、札幌とかと比べても家賃がそんなに安くないというような話も聞きますが。
沼田:私は不動産に詳しい人間ではないんですけど、感覚的には高いなというイメージはありますね。家賃が高いと今度は、お店を開いたりするリスクも大きくなるじゃないですか。その辺りのバランスは難しいところなんですけど。
 
 
 

 
 
 
━━「街を盛り上げる」というのは、言葉でいうのは簡単ですが、具体的にどういう状態を目指すかってのは難しいところですよね。何をもって「盛り上がってる」というのかみたいな。
沼田:地方活性化という話でも、そのことは常に付きまとうんですけど、何をもって活性化したかという。
役所の指標でいってしまえば、税収が増えるっていうのが最終的な目標になると思います。「市民の所得が上がって、税収が増えた」とか「企業が増えて、税収が増えた」っていうのは、ひとつのゴールになると思うんですが、その前段階としては抽象的な表現になってしまいますけど、街中に笑顔が増えるっていうのが盛り上がるというかたちのひとつかなと思います。歩いている人が楽しそうだったら、街は魅力的に見えるんじゃないかなって。そうなると、人も集まっているだろうし、人が集まれば商売も潤うだろうし。
 
━━それを市役所に期待するっていうのは、ちょっと難しいような気もしますね。
沼田:それは役所だけでできることではないですね。市役所が街の活性化をしようとするとけっこう面倒臭いことになりますし。
 
━━「面倒臭いこと」というと?
沼田:〝中心市街地〟って言葉があるんですけど、函館市の中心市街地ってどのあたりだと思いますか?
 
━━駅前か五稜郭かのどちらかですか?
沼田:その両方を含む全エリアなんです。
 
━━広っ!
沼田:めちゃくちゃ広いんですよ。五稜郭の交差点のところとか、駅前の通りとかを局所的に元気にするっていうのは上手くやればできると思うんですけど、そのエリア全部が盛り上がる方法って思いつかないじゃないですか。
でも、市役所としては、そのエリア全部を見なきゃいけないってことになっているので、活性化となると局所的な対策はダメで、包括的に取り組まなきゃいけないってことになるんです。
 
━━〝中心市街地〟の範囲って誰が規定してるんですか?
沼田:それは市長の名前で定めますけど、有識者の方や地域の方の声を聞いたりして、いろんな方の意見を聞いて配慮した結果、すごく広い範囲になってしまったんですよね。
 
━━だから対策が難しいという側面もあるんですね。
沼田:駅前周辺が抱えている問題と、堀川町の辺りで人が歩いていない場所が抱えている問題って違うものじゃないですか。そうやって大きな範囲で区切られてしまうのが市役所側のジレンマでもあるんですけど、そうならざるを得ない状況があって。
 
━━なるほどなぁ。
沼田:例えば、中島廉売にもっとたくさんの人に来てもらおうと思ったときに、それは市役所ではなく、中島廉売の方々が対策を講じた方がより意味のあるものになると思うんです。
市役所としては、その対策について、何か後押しできるような関わり方が一番いいのかなって思っています。それは単純に補助金を出すというかたちではなく、例えば近くの通りを歩行者天国にしたいとか、そういうアイディアに対して、そこが市の道路であれば実行可能なので。
 
━━それが、先ほどのお話にあった〝ルールを変える〟という市役所の役割なんですね。
沼田:車がビュンビュンと走ってくる商店街って、子連れとかで歩きにくいじゃないですか。そういうところに不便さとかを感じると、利用者の足は遠のいてしまうし、それだったら建物に入っちゃえば車の通りを気にしなくて済む大型スーパーの方が行きやすいってなることも考えられるじゃないですか。ベビーカーを押しながらでも、小さい子の手を引きながらでも歩きやすい商店街というのがあれば、行く人は増えると思うんです。車の通りが多いことで、足が遠のく人がいるのであれば、そこは改善したいなと。
そういう部分を市が担当して、商店街の中でそんな工夫をするかというのは、そこで商売をする方々が知恵を出し合って考えた方が効果的なんじゃないかなって。
 
 

 
 
 
━━函館市の職員として、市役所がどうなっていったらいいなというビジョンはありますか?
沼田:役所に求めたいのは〝発信力〟ですね。市役所っていう組織だけを考えたときには、もっと発信力のある組織になっていかないといけないなって。
観光用のサイトはありますけど、最近はけっこう個人のブログとかを見て、旅行される方も多いですよね。自治体が堂々と発信している情報って、信頼度が高いものといて受け止めてもらえると思うので、そういう部分で市役所という立場を有効に活用して、どんどん情報を発信してほしいなと思います。
 
━━そういう部署ってあるんですか?広報部みたいな。
沼田:あるんですけど、主に新聞社との連絡調整などがメインで、自分たちで発信というのはあまりしていないですね。
それこそ、今は自治体でも SNS を活用しているところが多いじゃないですか。でも道内の自治体ってあまりやっているところがないんです。そういう発信力っていうのが函館市にほしいなっていうのは思います。
 
━━街に対しては、こういう街になっていってほしいという想いはありますか?
沼田:個人的に西部地区ってもっと盛り上がってもいいのになって思っているんです。函館の駅前って、他の街とそんなに変わらないじゃないですか。函館らしい風景っていうのは、やっぱり西部地区なんじゃないかなと思って。
函館って、すごく早い段階で開港して、外国との貿易が始まった街ですよね。そのおかげで、建物にしても、文化にしてもいろんな外国のものが入ってきて、それが残っているんですよ。そういうのって他の古い街にはないじゃないですか。要するに、古い外国の文化が残っているという。
しかも、それが日本の文化と融合して、ひとつの建物で洋風和風が入り混じっているようなこともあったりするわけで。ああいうのが、もっと知られたらいいのにって思います。あそこが函館の原点だと思うので。もちろん、五稜郭タワーに上ってもらうのも嬉しいんですけど、もっと西部地区の公会堂とかだけじゃない、街そのものを楽しんでもらえるようになればいいなと思っています。西部地区は空き家が増えてきているので、それを壊して建て直すのではなく、元ある建物を活用してもらえるような人に住んでもらえたり、お店が入ってくれるといいなと思うんですけど。
 
━━市としては、そういう働きかけはしているんですか?空き家活用だとか。
沼田:あまりしていないと思います。若い人に住んでもらおうと思って、家賃を少し安くしたりとか、補助金を出すという取り組みはありますけど、上手くいっているとはいえない状況ですね。
制度を知らない人も多いんじゃないかな。先ほどの発信力のなさという話にも繋がりますけど。
 
━━では、最後に函館市の職員という立場とは関係なく、沼田さん個人として、今後どんな人生を歩んでいこうという展望があれば教えて下さい。
沼田:仕事に関していえば、いろんなことをやりたいですね。最初は希望通り市役所の窓口をやっていて、次は市役所ではない組織を見たいと思って国土交通省に出向するという道を進んできたんですけど、まだ市役所の中にも知らない組織がたくさんあるので、いろんなことを経験していきたいなって思います。
出世欲というのはそれほどないんですけど、ある程度の権限があったほうが、いろんなことができると思うので、そういう意味ではある程度の立場まではいきたいなとも思います。ただ、偉くなりすぎて、自分のやりたいことができなくなるのも嫌なので、ある程度自由度のある立場でいたいですね。
それと同時に、いち市民としては、街の中で自分ごととして取り組めることをやっていきたいなと思っています。
 
 

MY FAVORITE SPOT

 
ダム公園

あのダムって、コンクリートが高かった時代に、使用料を減らすために薄い板とそれを支える梁みたいなものを使って造られた珍しい形式のものなんです。ダム好きなわけではないんですけど、函館にそんな珍しいものがあるのかと思って。

 
根崎公園のアーチェリー場

学生時代に長い時間を過ごしました。ラグビー場の隣にひっそりとあるんです。高専にもアーチェリー場はあるんですけど狭いので、競技用の長い距離の練習をするときは、坂を下りて根崎まで行ってました。青春の場所です。


 
醍醐

本町にある和食のお店です。基本的に何を食べても美味しいんですけど、土鍋で出してくれる炊き込み御飯が絶品なんです。東京に出てきてからも、帰省の度に通っています。